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2003/06/30/Mon.
▲晴れ。
▲「チーズプラザ」の原稿など。
▲昔勤めていた会社の先輩からベビー用品を譲ってくれるというメールをいただく。ありがたい。それに、その先輩とはいったいいつ以来お会いしていないのか。どちらが先に会社を辞めたのかも思い出せない。しかし、懐かしい人。お会いできるといいと思う。
▲上野桜木でささやかな飲み会。会社の話などを聞く。会社にはいろいろな人が現れては消える舞台のようなものだと思う。話を聞いていると「顔」が見たくなる。こういう時、顔写真があるともっと楽しいのにな。今度、持ってきてもらおう。


2003/06/29/Sun.
▲晴れ。
▲「チーズプラザ」の原稿整理→デザイン渡し。
▲デジカメ2台持って池袋から大塚方面まで歩く。夕方、旧町名大塚坂下町にある吹上稲荷神社でちょうど儀礼の最中だったので、何となく加わってみる。生まれて初めて祝詞をあげてみた。「夏越しの大祓い(なごしのおおはらい)」という儀式らしく、大きな茅の輪が用意され、祝詞を上げた後に、行列になって輪をくぐる。8の字に行列を作り3度くぐる。1回目はくぐって左に曲がり、次は右に曲がり、3回目はもう一度左に曲がって、最後に境内で御神酒をいただく。ネットで調べてみると、最古の宮中行事とも言われている、年2回の祭礼の一つ。通常、6月30日に行われる。もう一回は、12月末の「年越しの大祓い」。夏を迎える前に、半年間の罪や汚れを清めるという意味がある。無病息災を祈る儀式だ。茅の輪くぐりには「胎内くぐり」の別名もあり、清めること=生まれ変わることという実にストレートな意味がある。吹上稲荷神社は住宅地の中にある小さな神社なのに、近所の人がたくさん来ていた。お年寄りと小さい子供がいる親子連れが多い。こういう小さな神社でけっこうな数の人を集めて祭礼をやっているということが面白い。夕暮れ時のマジカルなムード、小さい神社とはいえ人が集まれる境内など、神事の舞台設定と演出に古人の知恵を感じる。神社がコミュニティーの要だった時代が確かにあったんだろうなあ、と思う。
▲映画『殺し屋1』(2001年・日本、香港、韓国 三池崇史監督)をビデオで。殺し屋イチ(大森南朋)は泣き虫で元いじめられっこ。いまも、ふだんはおどおどしながら暮らしている。しかし、一度キレると相手を秒殺。謎めいたジジイ(塚本晋也)にコントロールされ、安生組組長を殺す。死体はジジイたちが始末する。組長にいたぶられることが快感だった若頭の垣原(浅野忠信)は姿を消した組長の行方を探すが、やがて組長を殺したのがイチだと知り、イチとの対決を心待ちにするようになる……。登場人物はほぼ全員変態。一見、まともに見える元刑事のヤクザ(SABU)も変態野郎どもの暴走を食い止めることはおろか、むしろ、そっち方面に引っ張られ、我を失う。血しぶきが飛び、内臓がぶちまかれ、足が輪切りにされる、「18禁」もむべなるかな、の暴力映画である。しかし、飛ぶのが血しぶきだけでなく、精液も! というところが三池崇史の素敵なところだ。ストーリーは原作に忠実らしいが、三池映画にしては珍しく(?)物語の構造がメタ的というか、知的なアプローチになっていると思った。脚本家がそういう人なのか。脚本を書いた佐藤佐吉は『金髪の草原』の脚本のほか、「刑事まつり」で監督もしているが、俳優でもあるらしい(何の役かはわからないが『殺し屋1』にも出演)。三池の新作『牛頭』の脚本もこの人。



2003/06/28/Sat.
▲雨のち曇り。
▲「チーズプラザ」テーマ別投稿部門の写真選考会。選考はサンダー平山さんにお願いした。テーマは「冒険」。おそらく、現在出ている写真投稿雑誌の中でもっとも敷居の低い投稿ページなのだが、読者からは「投稿しやすい」「ほのぼのしていい」と褒められたりするので、何が幸いするのやら。まあ、でも、こういう雑誌ってほかにないからいいのかもね。
▲写真の話、デジカメの話などなど。サンダーさん、さっそくキヤノンパワーショットG5買ってるし。
▲江ノ島まで行く。レビュー用に借りているオリンパスμ-20で何枚か写真を撮った。しらすかき揚げ丼と冷酒。曇り空を眺めながら放心。
▲ロマンスカーに乗って帰る。
▲今夜は楽しみにしている「ぼくの魔法使い」が「タイタニック」放映のせいでお休みなので、同じ宮藤官九郎脚本ということで、見ていなかった「池袋ウェストゲートパーク」のビデオを借りてきて見る。原作を読んでいたせいか、放映時には興味が沸かなかった。今見ても、原作とはかなりテーストが違う。しかし、こっちはこっちで面白い。ただし、堤幸彦の演出はあまりマッチしていないような気もする。元不良少年だった池袋西口の青果店の息子が、池袋で起こる事件を解決していくという素人探偵物語なのだが、テレビの方はクドカンおとくいの群像劇の趣。登場人物が多ければ多いほど、冴えるタイプの脚本家だと思う。
▲続けて、映画『ハッシュ!』(橋口亮輔監督)をビデオで。ペットショップ勤務の直也(高橋和也)と土木研究所の技術者勝裕(田辺誠一)はゲイカップル。そこへ、偶然知り合った歯科技工士の朝子(片岡礼子)が、勝裕の子供が欲しい、でも、二人の仲は壊すつもりはない。男とか、結婚ではなくて、子供が欲しい、とズカズカと踏み込んでくるというお話。コミカルかというとそうではなく、シリアスだからといって、重く暗いわけでもない。主要登場人物三人の生活と意見を丁寧に描いて、説得力がある。
▲いかにもゲイっぽい直也を演じる高橋和也の巧妙な演技、周囲にゲイであることを隠して生きている勝裕を演じる田辺誠一の繊細さ、そして、家族との関係に問題があったせいか、二十代を不安定な精神状態のまま生き、荒んだ生活を送ってきた朝子を演じる片岡礼子の存在感。見応えある人間ドラマだ。勝裕に片想いをして、ぶっ壊れていく「メーカー系OL」役のつぐみ、勝裕の兄役の光石研ほか、脇役も充実。2時間を超える長さだが、飽きさせない。端正かつマジな秀作。おすすめ。


2003/06/27/Fri.
▲晴れのち曇り、夜に雨。
▲関係各方面にメール、電話、ファックスで次々お願い事を。だんだんテンションが上がってくる。写真家の林明輝さんと宝町で打ち合わせ。その後、歩いて銀座。「わんわん共和国 東京大使館」前を通る。バッドテイストの看板に酔う。
▲残った記事を印刷入稿。一息つく。うちに帰って原稿を一つ仕上げ、新宿歌舞伎町。K本さんと飲みに行く。


2003/06/26/Thu.
▲晴れのち曇り、夜に雨。
▲昨日のミスをなんとか取り返し、「645新世紀」の入稿完了。ドミノ倒し的に遅れている原稿、企画の詰めなど。うー。
▲乙一『平面いぬ』(集英社文庫)読了。今日読んだのは4つの短篇のうち、後半2篇。「blue」は不思議な布で作られ、動き回ることができるぬいぐるみたちの物語。王子と王女、騎士と白馬。そして、余った布で作られたみすぼらしいblue。5体のぬいぐるみが買われていった先には、ぬいぐるみをたくさん集めている女の子と、乱暴者の弟がいて……。こういう話には弱い(笑)。最後の一篇は表題作「平面いぬ」。どうやら「blue」と地続きの世界のようだが、中国人の彫り師に犬の刺青を彫ってもらった女子高生が主人公。その刺青の犬が、勝手に動いて、吠えたり、ホクロを食べたり……。で、この女子高生の両親と弟が全員癌になり、余命半年。家族の中で疎外感を覚えていた主人公はどう振る舞えばいいか、悩むが……という話。設定の奇抜さはバカ話スレスレだが、語り口の巧みさに納得させられてしまう。全4篇、どれもよかったが、とくに「はじめ」が好きだ(昨日の日記参照のこと)どの短篇が好きかで精神分析ができそうだな。解説子曰く乙一ファンはその物語の「切なさ」に参るそうだ。たしかに、そういうツカミはある。しかし、ぼくが好きな部分は、むしろ、その他者への冷淡さ、独得の距離感が心地いいからだ。その距離感は人間関係のみならず、生と死、怪異現象に対しても同様に独得だ。こういう書き手はちょっと珍しい、と思う。


2003/06/25/Wed.
▲雨のち晴れ。
▲寝坊。掃除。
▲渡辺浩弐『怪人21世紀中野ブロードウェイ探偵ユウ&AI』(講談社ノベルス)読了。1962年生まれの著者が、60年代生まれの人間なら誰でも懐かしく思うようなネタをたくさん詰め込んで書いたジュブナイル風長篇小説。近未来。中野ブロードウェイのマンションの一室で、配線のジャングルに囲まれて暮らす、天才少年ハッカーの「小林ユウ」が、コンピュータの中のヴァーチャル美少女AIとともにロボット暴走事件の解決に挑むというお話。暴走事件の原因として挙げられたのは「ニンテル社」の新CPUなのだが、果たして真相は?
▲中野ブロードウェイは実在するショッピングモール&住居用マンションの複合施設。「まんだらけ」発祥の地として知られるオタクカルチャーの聖地でもある。もちろん、ぼくも大好きな場所だ。中野ブロードウェイに居を構える天才ハッカー兼少年探偵が「うる星やつら」のラムちゃんの格好もしてくれる電脳美少女と、ロボ頓堀とあだ名される道頓堀の巨大ロボット看板群の暴走と対峙する。そして、舞台は新宿歌舞伎町へ……という道具立てが楽しい。小説としてはコクはないけど、そこが読みやすいとも言える。軽く読み飛ばせる本なんだけど、細部は巧妙に作られていて、あなどれない。渡辺浩弐はゲームクリエイターで深夜のテレビドラマ「Black out」やSPEEDの主演映画『アンドロメディア』の原作者として知られる。
▲人には言えない大ポカ。愕然。脳細胞が死滅してるんだと思う、たぶん。
▲で、深夜まで掛かって入稿。一つだけこぼしてしまった。鬱。
▲そんな気分を救ってくれたのが乙一『平面いぬ』(集英社文庫)。ミステリーファン、ホラーファンの双方に支持された短篇集『石ノ目』を改題、文庫化したもの。「石の目」「はじめ」を読み終えたところなのだが、どちらもとてもよくできた短篇小説。お話作りもうまいし、登場人物の息づかいも感じられる。そして、主人公がそこはかとない冷淡さを感じさせるところが、なぜか良いのである。とくに「はじめ」は少年二人の共同幻想が、ちょっと不幸な影を持つやんちゃでいたずらな女の子を生み出すという奇妙な物語なのだが、泣ける。怖くて、ユーモアがあって、泣けて……死角ナシ。1978年生まれのこの書き手の末恐ろしいこと!


2003/06/24/Tue.
▲曇りのち雨。
▲午前中、入稿。明日は印刷会社はお休み(創立記念日だとか)なので、明日一杯で仕上げて、守衛さんに届けておくという約束に。
▲荒俣宏さん宅へうかがい、オンライン書店bk1のためのインタビュー。近刊について聞く。平田篤胤が研究していた「稲生物怪録」の資料をまとめた本である。(近々、bk1で予約開始予定)
▲「稲生物怪録」とは何か。江戸時代(18世紀)の広島県三次(みよし)に実在した16歳の少年、稲生平太郎(長じて武太夫)が、百物語に参加したことをきっかけに、30日間に渡って毎夜、さまざまなもののけ(お化け)の襲来を受け、それを追い払ったという伝説がある。最後に平太郎少年は山ン本(さんもと)五左右衛門というお化けの親玉から木槌を与えられ、悪い妖怪が現れたら、その木槌で追い払うように言われる。その木槌は現在も三次の神社に納められており、角川書店が出している「季刊 怪」(第伍号)では、荒俣さん、京極夏彦さん、水木しげるさんがその木槌を実際に見に行っている(写真撮影は不可なのでレポートのみ)。また、「稲生物怪録」はさまざまな種類の、それもかなりユニークなお化けが登場し、平太郎自身が描いた絵をもとにした絵も残っているので、妖怪好きにはたまらない魅力がある……らしい。
▲荒俣さんはもともと幻想、神秘への関心から、ユニークなお化けがわんさか出てくる「稲生物怪録」に注目し、1987年刊行の「別冊太陽57 日本の妖怪」で平太郎の故郷、三次に伝えられている写本を紹介している。その後、国学者、平田篤胤への関心から、平田の末裔であり、平田神社を守っている米田宮司と出会い、平田が「稲生物怪録」についての膨大な資料を残していることを知り、この二つが見事につながった。そのあたりの点と線は荒俣さんと米田宮司との対談『よみがえるカリスマ 平田篤胤』(論創社)に詳しい……はずだが、ぼくはこの本を読んでいない。荒俣さんへのインタビューが決まって、慌てて本屋を探したのだが、見つからなかった。荒俣さんに聞くと、初版の刷り部数がかなり少なかったようだ。荒俣さんいわく「平田篤胤の本当の凄さがたった1時間の読書でわかる」読みやすい本だという。さっそくbk1で「お取り寄せ」することに(荒俣さんのインタビュー記事掲載にあたって、bk1で在庫し、販売する可能性もあり)。
▲しかも、荒俣さんは平田篤胤が集めていた資料一式を平田神社から譲り受け、その内容を今回、出版する新刊にまとめた。文字校正(ゲラ)を読ませていただいたのだが、図版が豊富で、ページをめくるだけでも楽しそうだ。そのほか、荒俣さんの平田篤胤への熱い思いを語っていただいたので、そのへんは来週、bk1で読んで下さい。例によって記事がアップされたら「日記」からもリンクします。
▲で、荒俣さんと言えば、ここ数年出る出ると言われている『帝都物語』のアナザストーリーはどうなっているのか。「週刊文春」の連載はとうに終了している『帝都幻談』、角川から出る予定の『新帝都物語』(なんと平田篤胤が登場する)いずれも、1〜2年前から刊行が予告されているが、出ていない。「今年中には必ず!」とおっしゃっていたので、鶴首して待ちたい。とにかくお忙しい方なので無理もないけれど、『帝都物語』をリアルタイムで読んでいた世代としては早く読みたい。
▲取材を終えて、西武線に乗る。一度うちに帰ってから編集部へ。で、深夜まで。あともう一息。


2003/06/23/Mon.
▲曇り、時々小雨。
▲待ったなし。飛んでくる隕石を受け止めるような感じの仕事。当たり所が悪いと失神する(暗喩)。風景写真集についての短い紹介文を連続して書く。以上「645新世紀」のため。
▲なわけで、深夜まで。先々のスケジュールを考えると暗澹。


2003/06/22/Sun.
▲晴れ。
▲仕事。暗くならないと盛り上がらない。仕事から逃げるように、クーロン黒沢『マイコン少年さわやか漂流記』(ソシム)読了。面白すぎる。『怪しいアジアの暗黒食生活』(ベストセラーズ・共著)などの「アジア」「暗黒」シリーズで知られる著者の自伝的エッセー。1971年生まれの著者が、小学生時代に「ゲーム」を知り、「マイコン」を手に入れ──と、ここまでは未来の「ゲームデザイナー」「プログラマー」の少年時代みたいだが、そこから著者は「ソフトの違法コピー」「同人ゲーム作り」へと滑っていく。行き着いた先は怪しいアジアの電脳コピー商品の世界だった……というブラックかつ笑える話が満載。このところ、共著が多く、物足りなさが残っていたところに登場した、久々の快打。初期作品からのファンとしてはとてもうれしい。マイコン少年でもなんでもなかった自分だが、世間の人がきれいさっぱりと忘れてしまっているようなことをしつこく思い出して笑いものにする姿勢には共感が持てる。もちろん、そこにはそこはかとない愛があるのである。編集はクーロン黒沢の本を何冊も手がけ、「出版社さわやか漂流記」が書けそうなEさん(お元気ですか? って読んでないと思うけど)。


2003/06/21/Sar.
▲晴れ。
▲土日も何もない。追いつめられているのに、『三池崇史の仕事 1991−2003』(太田出版)一気読み。痛快ナリ。多作の映画監督の、全作品紹介と、各種雑誌でのインタビューからの「言葉」の再構成、スタッフの証言、『D.O.A.ファイナル』の撮影現場レポートなどボリュームのわりに情報量は多い。大阪八尾出身の不良少年が映画界でどんなふうに大暴れしているのか。リアルタイムで伝わってくる。
▲疲れ切って帰宅後、時間差で「ぼくの魔法使い」。そうか、「変身症候群」って病気だったのか。二瓶鮫一の中味がコギャルってのは……。「みったん」「るみたん」離婚の危機で、いきなり尾崎紀世彦歌い出すってのは……こう書くとつまんないけど、笑ったよ。伊藤英明の演技はいよいよ鬼気迫るものになってきた。片桐はいりの女医の前でぶっ倒れる伊藤の足の微妙な痙攣。たぶん、一生忘れないな。


2003/06/20/Fri.
▲晴れ。
▲二日酔い。記憶もあんまりないし。でも、まあ、気にしない。蒲団の中で『私も女優にしてください』(バクシーシ山下編・太田出800円本)を拾い読みする。何度となく開いている本だが、二日酔いの時など、気分の悪い時に読むと救われる。内容は、B級、C級のAV女優81人について、をAV監督のバクシーシ山下が身も蓋もない言い方でコキ下ろすというもの。「これは君たちの青春の1ページだ。この時に輝いていた自分を、いつまでも忘れないでほしい」(バクシーシ山下)。
▲午後からがんばって仕事。予定の8割くらいまでは消化できた。極上カメラ倶楽部Vol.3『645新世紀』(7月下旬発売予定・双葉社スーパームック)のポジ入稿完了。
▲男ばかり6人の飲み会。メンツは進み矢さん石井さんたかはしさんセオさん、スナミくん。進み矢さん、第二子(二人とも女の子)が誕生されたばかりで、さっそく「姉妹を育てる」妄想を展開。出産前の父親(予定)の妄想を爽やかに描く『男の出産』(松久淳・新潮文庫)を薦めておく。
▲たかはしさんとは一時期、仕事で接点があったはずなのに、挨拶程度のつきあいしかなく、ずっと「日記」のファンだった。今日は会えて感激。さっそく『ハリウッド脚本術』(ニール・D.ヒックス/浜口 幸一訳・フィルムアート社(ストーリーテリングについての教本としても名高い)あたりを参考にして、エンターテインメントな恋愛小説を書いてください!! とリクエストする。以前、たかはしさんが書いていた日記の「片想い」描写が大好きだったからである。
▲で、この日記について「タカザワさん本来の邪悪さが足りない!」と指摘してくれた進み矢さん、ありがとう。でも、ホントは善良なんですよ!


2003/06/19/Thu.
▲晴れ。
▲仕事。やっと終わりが見えてきたが……。
▲赤城耕一さんの新刊『カメラ至上主義!』(平凡社新書)の出版を祝って、赤城さんと美女3人の会が開かれた。で、そこに交ぜてもらう。というのも、3人のうちの1人は『カメラ至上主義!』の担当編集者で、ぼくの大学時代の同級生だったりするからだ。一女の母になったという彼女から、近況および、これまでの仕事などについて聞くことができたのは嬉しかった。彼女と赤城さんとぼくに共通しているのは一人っ子だということ。なるほど、性格の歪みに一人っ子独得のものがあるかもしれないなと得心がいく。
▲で、『カメラ至上主義!』は彼女の出産をはさんで足かけ3年かけて書かれた本。新書としては分厚く、内容も充実。気合いの入った一冊だ。カメラと、写真が好きな人は必読の書。ぜひどうぞ。


2003/06/18/Wed.
▲曇りのち雨。夜に上がる。
ハービー・山口さん宅で打ち合わせ。ライカ関連の企画アリ、で。
▲現在発売中の、ハービーさんの最新写真集『peace』(アップリンク)はここ数年、ハービーさんが撮り続けている日本の若者たちのモノクロポートレート写真集。いつの時代も変わらない青春の輝きは、若者に特有の、未来に対する漠とした楽観に基づいているのだということがよくわかる。これは青春への皮肉ではなく、経験を積むということは必然的に悲観的なものの見方を学ぶことなんじゃないかと考えさせられたのである。ああいう笑顔、もうできねえなあ、と(笑)。むろん、楽観の裏にある、若さゆえの自信のなさ、傲慢と小心の間で揺れる不安定な心も写真から読みとれる。写真が光と影でできているように、人間の顔も裏腹のグラデーションでできている。ハービーさんの写真が通り一遍のきれいなポートレート写真に終わっていないのは、輝くものの隣に深い影があることをよく知っているからだろう。なお、東京写真文化館で好評のうちに終わった写真展「ロンドン・コーリング」(4月28日日記参照)が大阪の写真ギャラリーナダールで10月28日(火)〜11月9日(日)まで開かれることが決まったそうです。関西方面の方はお楽しみに。
▲池袋リブロで写真集を物色。風景写真の写真集、それも日本のものをと思って探したのだが、ロクなものがない。どれもダサいデザイン、どこかで見たようなイメージ。そういう写真集の巻末を見ると、決まって写真家の顔写真がプロフィールに入っている。
▲不在の間に届いていた原稿の整理、資料をもとにした図版作りなど。あっというまに夜になる。
▲松本賢吾『黄金町クラッシュ』(実業之日本社)。横浜の黄金町(こがねちょう)といえば最近では永瀬正敏演じる濱マイクの町というイメージか。行ってみれば分かるが、戦後の影を濃厚に漂わせる歓楽街である。『黄金町クラッシュ』はその町で、闇市の時代からずっと街娼の味方をし、裏側から黄金町を守ってきた仕事人たちと、風俗店経営の兄とヤクザの弟が激突するという物語。主人公は金髪の清次。「金色の疫病神」と恐れられる直情型の男だが、黄金町を守るために命を張る。ようするに切った張ったの話だが、読んでいると妙に懐かしい。昭和の侠客映画や、Vシネマまで受け継がれているヤクザ映画の匂いがするのだ。この作者の描く世界は、濃厚な人情と、テンポのいいストーリー展開が魅力で、それはこの小説でも変わらない。そして、その反時代ぶりがいよいよ徹底してきている。開き直ってガンガンやってほしい。こういう小説を全力で書いている人、ほかにいないんだから。で、映画化したら面白いと思う(Vシネ可)。若い監督がハチャメチャな映画にするといいだろうな。清次役には映画『夜を賭けて』のブチ切れ方が印象的だった山田純大を希望します。


2003/06/17/Tue.
▲上海は青空に雲。今日は気持ちよく晴れそうだ……が、ぼくは朝9時20分の飛行機で東京へ。上海から東京までは2時間30分〜3時間ほどだが、成田から都内までが遠くてうんざりする。成田は雨。新宿は雨上がりだった。
▲一度家に帰ってメールをチェックしたり。日が暮れてから編集部に行って、届いている原稿や、ファックスのチェック。さらに、ファックスを送ったりという雑事。


2003/06/16/Mon.
▲上海は薄曇り。いかにも上海らしい天気と感じる。上海には97年、2000年にそれぞれ訪れているが、カラっとした晴天はめったになかった。
▲海原さんの上海での友人、知人とのアポにつきあったり、市内を案内してもらったりで一日が終わる。
▲SARS問題について、上海の人たちが「SARSのおかげで中国人の衛生についての考え方が進歩したのはよかった」と肯定的にとらえているのが印象的だった。上海は比較的SARS禍による人命被害が少なかったゆえの余裕もあるのかもしれないが。上海はすでに中国の大都市というよりも、アジアの大都市の風格。もともと租界があり、国際的な土壌がある街だからかも知れないが、やすやすと外国資本を受け入れているように見える。


2003/06/15/Sun.
▲曇り。
▲早起き。
▲蒲団の中で岡崎京子『ヘルタースケルター』(祥伝社)を読む。交通事故にあっていまだ再起ならぬ天才漫画家が、事故以前に完結させていた長篇マンガ。連載完結後、著者が手を入れることがままならず、単行本になっていなかった。岡崎京子は、単行本化にあたって大幅な加筆訂正を行なうタイプ、と本書のただし書きにもあった。今回は、療養中の著者の指示で若干の修正が加えられた上での刊行らしい。
▲「幻の傑作に傑作なし」と思っているので、あまり食指が動かなかったのだが、あるレビューで『リバーズ・エッジ』(宝島社)『PINK』(マガジンハウス)(ともに大傑作)クラスの出来とあったので、あわてて買ってきた次第。読後感想としては、ややもの足りず(期待が大きかった)、やはり、岡崎京子に復活してほしい。そして、同じテーマでもう一度書いて欲しい。岡崎作品としては水準作だろう。それはともかく、バブル期に生きる日本人の、底が抜けた欲望を描かせたら右に出るものはなかった岡崎京子が、2000年代初頭の日本をどう描くのか。想像するだけでワクワクする。岡崎京子の旧作はもう一冊『うたかたの日々』(宝島社)が出たばかりだが、こっちはどうなんだろう。
▲文字校正の直しとファックスと足りなかった原稿の作成と。
▲午後4時成田の約束に30分遅刻。写真家の海原修平さんが上海に拠点を作ることになり、その準備に同行することになったのだ。といっても、ぼくにとっては物見遊山の小旅行。


2003/06/14/Sat.
▲曇りのち雨。
▲午前中に池袋で写真家の吉野信さんから原稿をいただき、編集部で夜まで「初校」の直し、追加原稿の用意など。今日デザインに渡すつもりだったもの、間に合わず(汗)。著者の方々にファックス、メール。極上カメラ倶楽部『645新世紀』(双葉社・発売日が延びて、7月下旬発売に)
▲BGMはサラントーヤとアルタンツェツェグ。ともにモンゴル関連商品の輸入代理店タカヨシザハで購入したモンゴルのポップス歌手(女性)のCDだ。サラントーヤの大好きな曲がちゃんと入っていて、うれしい。しかし、凄かったのはアルタンツェツェグだ。
▲「ツェツェグ」というのはたぶんモンゴル語で「花」という意味である。ウランバートルで毎晩飲みに行っていたバーの女の子が二人とも「○○ツェツェグ」という名前で、辞書を指さして意味を教えてくれたのだ。しかし、彼女たちの発音は「チチゲ」にしか聞こえず、いっしょに飲みに行っていた日本人たちと爆笑したことを思い出す。
▲話が脱線したが、アルタンツェツェグ「ホユラー ハムトバー」のどこが凄いか。アジアン・ローカル・ポップスならではのハチャメチャなパワーがぎっしりと詰まっていて、嫌も嫌よも好きのうち、というか、癖になる。ほとんど半日、間断なく繰り返し聴いてしまった。パワフルなボーカルに、モンゴル語に独特の巻き舌が効いている。ヤバイです。タカヨシザハのCFDショップコーナーのトップに置いてあるのだが、ジャケットも冗談じゃないかというくらい凄い。モンゴリアンポップス万歳。
▲仕事の合間に編集部宛に献本されてあった赤城耕一『カメラ至上主義!』(平凡社新書・880円・近日発売)を読みはじめ、止まらなくなる。赤城耕一さんは昨今のクラシックカメラブームの立て役者の一人であり、「アサヒカメラ」誌のメインライターとして同誌の部数増に貢献した。メカニズムについて愛情溢れる文章を書く一方で、クォリティーの高い作例写真を撮影し、カメラ・レンスの魅力、写真を撮ることの面白さを教えてくれる写真家である。ぼくも『使うM型ライカ』(双葉社)『使うオリンパスOM』(双葉社)『使うベッサ』(双葉社)の3冊の単行本と、「季刊クラシックカメラ」ほかのムックでお世話になっている。
▲『カメラ至上主義!』は赤城さんがこれまで断片的に書いてきた「カメラと写真撮影」について、あらためて書き下ろしたもの。カメラ好き、写真好きにはたまらない面白さだ。ちなみに、まったくの偶然なのだが、本書の編集を担当したのは、ぼくの大学時代の同級生だったりする。世間は狭い。
▲家に帰って、時間差で「ぼくの魔法使い」。日記には書いていなかったが、毎週見ている。いま、ほとんど唯一能動的に見ているテレビ番組。今回は、大作映画への主演が決まった井川遙(本人)が10キロ体重を落とさなくてはならないというお話に、母の再婚が決まったばかりの少年が肉を食べられなくなるという話が絡む。古田新太と篠原涼子の『転校生』的入れ替わり(というか、ありゃデビッド・リンチ『ロスト・ハイウェイ』だな)がさらに広がりを見せるのだが、そのくだらなさに爆笑。伊藤英明が回を追うごとにいい味を出している。ゲストは八木小織(さおり)だったのだが、かつてのアイドルが妙にこなれた芝居をしているのを見るのはなんだか貧乏くさくていやだなと思った。南野陽子(『一攫千金夢家族』)くらい、変わらずへたくそでいてくれたほうが安心だ。
▲明日(日曜日)から火曜の午後まで不在にします。PCにつなげませんので、「日記」の更新もありません。ケイタイもつながらないと思うので、探さないで下さい。では火曜日まで、おやすみなさい。


2003/06/13/Fri.
▲曇り。晴れ。
▲新宿。韓国料理モンシリ。韓国餃子にはがっかりさせられることが多いのだが、ここのスープ餃子は美味しいと思った。写真家とモデルと写真選び。いつもの店に流れ、いつものように酔っぱらって一日が終わる。帰りにドン・キホーテ新大久保店で買い物。布テープなどを買う。
▲モンゴル関連商品の輸入代理店タカヨシザハからサラントーヤ他のCDが届く。明日、聴こう。おやすみなさい。


2003/06/12/Thu.
▲曇り。
▲池袋。男らしい飲み会。
▲イスラエルのパレスチナへの空爆。
絶望書店店主イチオシの『文化ファシズム 緊急Liveレポート』( 久本福子・エディター・ショップ)。柄谷行人、創価学会、浅田彰、朝日新聞社、堤清二らをやり玉に挙げ、陰謀渦巻く「文化ファシズム」の実態を、ホームページづくりの苦心惨憺を交えて書きつづった本。オンライン書店bk1のH氏が登場し、著者が感謝の言葉を述べている。いろいろな意味で味わい深い本。購入は絶望書店か、版元のエディターショップで購入可能。


2003/06/11/Wed.
▲曇り→雨。
▲慌ただしい一日。昼は仕事(かなり差し迫った用件がいくつか)。夜は百人町屋台村で人と人を引き合わせて、打ち合わせを兼ねた飲み会。店を出る頃に小雨になる。


2003/06/10/Tue.
▲曇りっぽい晴れ。
▲人形町で打ち合わせ。何度来ても迷う。方向感覚は悪くないほうだと思うのだが、なぜかこのあたりに来ると、東西南北がわからなくなる……。
▲97年にモンゴルを訪れた時に知った、モンゴルのポップス歌手の歌を急に聴きたくなり、ネットで探してみることにする。たしか、モンゴルの国民的歌手だったはず……と思い、「モンゴル 国民的歌手」で引くと、ノロブバンザドにぶつかる。名前が違うような気がする。NHKの大河ドラマ『北条時宗』のテーマ曲を歌っていた人だというから、民族伝統音楽系の歌手だ。「モンゴル 歌手 ポップス」で引くと、あった。サラントーヤだ。
▲モンゴル関連商品の輸入代理店タカヨシザハ(「ザハ」はモンゴルに行った人には懐かしい、週末に開かれる自由市場のことである。ウランバートル郊外のそれはとても大規模だ)では「サラントヤ」という表記になっているが、CDを2枚売っている。試しに買ってみることにする。
▲このHPによると、モンゴルではCDの刷り枚数を歌手が決め、増刷はしないのだとか。モンゴルは人口が少ない(約240万人。そのうち約3割が首都のウランバートル在住)ので、大した量は流通しないと思われる。ぼくはモンゴルでサラントーヤの音楽テープを一本だけ、向こうで知り合いになったモンゴル人からもらって帰ってきた(97年当時はCDを見かけなかった)のだが、そのテープも劣化が激しい。CDにコピーして保存しておきたいと思っている。サラントーヤの歌は無国籍化した感のある西洋風ポップスだが、歌声の力強さと言葉の響きの柔らかさが欧米のそれとは一風変わっている。


2003/06/09/Mon.
▲晴れ。
▲今週は忙しくなりそう。
▲小川勝己の最新刊『ぼくらはみんな閉じている』(新潮社)読了。短篇集だ。「小説新潮」に発表された作品を中心に9篇。いずれも、人間の異常心理、変態性欲など、ダークな題材を選んでいる。小川勝己が過去の作品からインスパイアされたものを、わりとそのままストレートに小説の中に持ってくることは『葬列』(角川文庫)の解説(茶木則雄)で指摘されていたが、この短篇集も江戸川乱歩風だったり、谷崎潤一郎的だったり。そういった先人の仕事を冗談すれすれにまでエスカレーションさせるのが小川勝己流。しかし、この本に収められた短篇は、どれもアイディア一発みたいなところがあって手応えが今ひとつ。どれも淡泊なのだ。やはり小川勝己の本領は長篇か。


2003/06/08/Sun.
▲晴れ。
▲新宿で郵便物を発送したり、ヨドバシカメラで卓上三脚を買ったりした。そのヨドバシで写真家の海原修平さんとバッタリ会ってお茶を飲む。海原さんは8年前から上海の写真を撮っているのだが、今年から本格的に現地に拠点を作るという。今後の活躍が楽しみだ。
▲6月4日の日記に書いた、短篇「ヤスケン」が掲載されている同人誌「スペッキヲ」の入手方法を教えてもらったので、ご報告します。

「スペッキヲ」の購入方法
◎販売価格:1000円(税込み・郵送料込み)。
◎購入希望者は《送付先の郵便番号・住所・氏名》を明記の上、〒162-8540 東京都新宿区東五軒町3-28 双葉社 草野まで、郵便為替か切手1,000円分、または現金書留で1,000円をお送りください。届き次第、順次発送します。在庫が無くなったら販売終了です。
◎問合せ先:springcat@mail.goo.ne.jp


2003/06/07/Fri.
▲晴れ。
▲のそのそと起き出して「日記」を更新したり。
▲聖母病院。両親学級。出産立ち会いのためのレクチャー。16〜18人くらいが出席。「なぜ立ち会おうと思ったんですか?」という問いかけに「感動を分かち合いたいから」と「当たり前のことだと思うから」とか答える旦那さんたち。偉いなあ、と感心。俺のところにも順番が回って来たので「面白そうだから」と答えておく。分娩ビデオを鑑賞。へその緒って意外と太い。っていうか、赤ん坊ってあんなでかいのか、と吃驚。まあ、自分が産むわけじゃないんだが。
▲写真ギャラリープレイスMで「写真の会」授賞パーティー。受賞作品は石内都「Mother’s」と中里和人『キリコの街』(ワイズ出版)。中里さんにお祝いを言いに行く。「写真の会」は「カメラ毎日」編集長だった写真評論家の故・西井一夫を中心に作られた会で、写真家ではなく、見る側、批評する側から写真を評価し、その作品に賞金を与えようという趣旨に基づく。しかし、西井一夫が2001年に死去し、以後、会の存続をめぐって議論が続いていたとか。最終的に、グラフィックデザイナーで映像についての評論も書いている鈴木一誌さんが事務局を引き受けるかたちで存続することになったのだという。ぼくは鈴木さんと『ライカな眼』(高梨豊著・毎日コミュニケーションズ)でお仕事をする機会があり、評論集『画面の誕生』(みすず書房)にも感動した。今日、パーティーで久々にお会いすることができ、言葉を交わせたのはうれしかった。
▲写真はとてもポピュラーなものだが、写真について語るとなると、急に難しい、マイナーな言語に変換されてしまう。なぜだろう……という素朴なことを考えると、「写真の会」のような「写真について語る場所」も必要なのではないかと思う。
▲西荻Iさん宅に集合し、カレー屋で次号「チーズプラザ」の打ち合わせ。もう一軒行こうかと歩いていたら、AさんとAさんのカノジョとバッタリ会う。それから某所でキチガイとケンカになったり、ワイルドな夜に。結局明け方まで飲んでいた。この日は大人数で(最大8人 うち男3、女5)。西荻極悪連合とか名乗ったほうがいいかも。


2003/06/06/Fri.
▲晴れ。
▲飯田鉄写真展「街区の眺め」(御茶ノ水画廊 〒101-0063 千代田区神田淡路町2-11 TEL.03-3251-2472)を見に行く。1970年代から90年代後半までの東京写真。それも、明治大正昭和に作られた近代建築が被写体。そのほとんどが、現在では取り壊されているか、その外観を大きく変えている。写真の機能の中に「記録」がある。すでになくなってしまったものは、写真の中にだけ残っている。つまり「遺影」だ。遺された影を、写真家はそっと差し出す。作品はすべてモノクローム。個展と同じタイトルの写真集『飯田鉄写真集 街区の眺め』(日本カメラ社)も発売中。個展は明日(7日)までなので、興味のある方は写真集をどうぞ。
▲飯田鉄さんはカメラ、レンズについての著作でも知られる。ぼく自身も飯田さんと『使うハーフサイズカメラ』(双葉社)というマニアックかつ楽しい仕事をさせていただいた。個展会場でお会いすることができたが、今年はあと2回写真展が開かれるというから楽しみだ。御茶ノ水画廊は隣接する淡路町画廊と内部でつながっていて、淡路町画廊のほうは蔵を改造して画廊にしていたというユニークなギャラリー。飯田さんの写真にマッチしていた。また、飯田さんに、18年前に同じ画廊で開いた写真展で発表した作品の写真集(プリントを製本したもので限定1部)を見せていただき、感動する。こちらは、下町の工場と、町のスナップをモノクロで撮影したもの。ミノルタオートコードとプリモフレックスによる濃厚な味わいの写真。
▲中条省平『中条省平の秘かな愉しみ』(清流出版)読了。新刊です。めっぽう面白い、映画、ジャズ、本、コミックスについてのショートエッセー集。エッセーというか、雑誌でよくある「紹介欄」の短いテキスト(ガイド)を集めたものなのだが読みはじめたら止まらない(ここ数日、そういう本ばかりに出会っているが、本当)。「映画の快楽」「ジャズの誘惑」「コミック・トリップ」「ブックランド自由自在」と題された仕切の中に、90年代半ばから最近まで著者がさまざまな媒体(「マリ・クレール」「週刊文春」、文庫解説、訳者あとがきなどなど)に書いてきた文章が収まっている。著者の肩書きは仏文学者だが、本書に収められた文章はどれもこれも、一般読者(とくにその雑誌を読んでいる読者)の顔を正面から見ながら、自分の大好きなものについてスマートかつエレガントに紹介している。読んでいる人間の体温を上げる「ガイド」。こうしたカルチャーガイドの「熱い」書き手として故・安原顯(ヤスケン)さんがいるが、本書は安原さんに捧げられている。著者は安原さんとの出会いから「マリ・クレール」誌に書評や映画評、インタビュー記事を寄稿するようになったのである。そのあたりの事情、二人の「本狂い」ぶりについては、bk1での対談に詳しい。この本が売れて、第二弾、第三弾とシリーズ化してほしい。
▲この日は偶然、『中条省平の秘かな愉しみ』の版元、清流出版を訪ねる予定があった。加登屋社長と久しぶりにお会いする。小生の日記を読んで下さっているとのことで恐縮する。今日は「清流」編集部の藤木さんと写真家の中里和人さんと飲みに行く約束になっていて、待ち合わせに会社に寄ったのである。
▲藤木さんと中里さんと居酒屋でトーク。お二人とは「清流」の奈良原一高インタビューでご一緒させていただいたのだが、今日の話題も写真とかアートとか、およそ浮世離れした話に終始。だんだん熱が入ってきて、思い出すとなんかおかしい。
▲カミさんはボロット・バイルシェルの来日コンサートに行ってきて興奮気味。腹の中の赤ん坊も暴れ回っていたと言うから、原初的な何かを刺激するものがあったのかも。ぼくもコンサートに行きたかったが、またの機会があることを信じよう。
▲というわけで、7月下旬に子供が生まれる予定です。ベビー用品などで要らないものがあったら譲ってください。男児(のはず)です。よろしくお願いします。


2003/06/05/Thu.
▲晴れ。
▲小川勝己『葬列』(角川文庫)読了。読み終えるのが惜しいほど、面白い。マルチ商法にハマって家庭が壊れた二人の女と、現実感を喪失した(イカれた)若いオラク娘、おちこぼれヤクザが、ヤクザのカネを狙って戦争を仕掛ける。血塗れの中の爽快感とどんでん返し。ラストの鮮やかさも見事。やっぱり小川勝己はいいなあ。当代のエンターテインメント作家の中で、もっとも次回作が期待できる一人。bk1の読者書評でも絶賛されているが、うち二人が映画化するならヒロイン(オタク娘)を誰にするか? について書いている。みーちゃんさんは京野ことみ、愛・蔵太さんは菅野美穂を挙げているが、ぼくは水川あさみだと思って読んでいた。ぶっ壊れた殺人鬼を演じて欲しい女優は何人かいるが、水川あさみはその一人。
▲小川勝己の最新刊は短篇集『ぼくらはみんな閉じている』(新潮社)タイトルからして最高(笑)。早く読みたい。
▲新大久保チュニジア料理ハンニバルで「世田谷旅とアートの会」(仮称)。金正日は寅さんとクロネンバーグがお好き?(未確認情報)など興味深い話題満載。
▲会の一員であるOさんが企画編集を手がけた新刊『はじめてのタロット』(集英社)(bk1はまだ入荷していないorデータができていないようなので、リンクはアマゾン)見本をいただく。タイトルどおり、子供向けのタロット占い本。テキストは鏡リュウジ、オリジナルタロットカードのイラストは荒井良二という豪華キャスト。UVカット蛍光印刷、4色+特色印刷。さらに価格が1300円という安さ。デザインも可愛いので、これはかなり売れるんじゃないでしょうか? 子供より、大人にヒットしそうな雰囲気もある。出版に合わせて荒井良二の原画展が青山ブックセンター本店内ギャラリースペースで6月13日〜7月16日まで開かれる。
▲帰宅してすぐ寝るつもりだったのだが、森雅裕『推理小説常習犯』(講談社+α文庫)を読みはじめたら、止まらなくなり、最後まで読んでしまう。
▲森雅裕は『画狂人ラプソディ』(85年・カドカワノベルズ→ベストセラーズ・絶版)で横溝正史賞の佳作を受賞、その半年後に『モーツァルトは子守唄を歌わない』(講談社→ベストセラーズ・絶版 有栖川るいが漫画化したステンシルコミックス版は流通している)で江戸川乱歩賞を受賞したミステリー作家。美術、音楽、バイク、刀剣など、多方面に渡って深い知識があり、最近は時代小説も書いている、らしい。「らしい」というのは、恥ずかしながら森雅裕の小説をこれまで読んだことがなく、カミさんからの受け売りである。
▲『推理小説常習犯』は「I 推理作家への道」「II ミステリー作家風俗事典」の2部に分かれているエッセー。親本は「ワニの本」(1996年・ベストセラーズ)だが、文庫化にあたって加筆している。タイトルからすると、いかにも売れっ子ミステリー作家のユーモアたっぷりなエッセー、という感じだが、内容は文芸編集者、出版社への激烈な批判がたっぷりと詰め込まれた皮肉なユーモアエッセーである。著者の森雅裕という人は、繊細で傷つきやすい人なのだろう。これでもかこれでもかとばかり、自分が味わった屈辱を書いている。が、さすがはプロの筆で、(当事者に当たる業界関係者以外は)笑って読める「確信犯」的な暴露本になっている。
▲にしても面白いのは、本書でコテンパンにやっつけられているのは、この文庫の版元なのである(「あとがき」でこの文庫は「文芸」ではなく「生活文化」の編集者の仕事、と断っている。太っ腹な会社なのか。出した編集者が偉いのか)。乱歩賞受賞作の版元でもあるわけだから、自分を売り出した会社と大喧嘩したということになる。森雅裕が寡作かつ「幻の作品」ばかりになってしまったのも一つにはそういう事情があったんだろう。しかし、本書を読む限り、森雅裕の作品へのこだわりは大変なものだ。これはぜひ図書館で借りてでも旧作を読んでみようと思わされた。ちなみにこの本を読んでみようと思ったのは編書房の「編集雑記」を読んで面白そうだったから。感謝します。


2003/06/04/Wed.
▲晴れ。
▲馳星周『生誕祭 下』(文藝春秋)を最後まで読む。大興奮。最後は笑った。こちらの勝手な期待とはちょっとズレた着地点で、肩すかしを食らったような気もしないけど(もう一冊分くらい続いて「最後まで」やってほしかった)、あのラストはラストとして、皮肉な面白さがある。バブルの時代にしかありえなかったゴージャスで馬鹿馬鹿しい物語。登場人物たちの愚かさ、惨めさ、滑稽さが存分に描かれ、余韻を残す。馳星周の剛腕が久々に発揮された傑作。
▲中野順一『セカンド・サイト』(文藝春秋)について、メールマガジン【アルカリ】に書き、配信。ショート・ヴァージョンをオンライン書店bk1用に書き改め、書誌データに載せる。
▲蒼野頼さんから同人誌「スペッキヲ」(スペッキヲの会)の最新号(18)を送っていただいた。蒼野さんの「ヤスケン」という短篇が掲載されている。蒼野頼という名前はペンネームで、実は安原顯さんの日記にたびたび登場する編集者の方である。「ヤスケン」は安原さんの闘病からお葬式までを身近に接していた蒼野さんの視点から描いたもの。ぼくもその場にいて見聞きしていたエピソードがいくつもあったが、その時々の蒼野さんの胸の内が描かれていて、新たな感慨があった。また、安原さんの死に至るまでの軌跡についての詳細な記録としても貴重だ。安原さん自身の筆で、やがて書かれるだろうと思っていた「ちょっといい話」が、蒼野さんの手で愛情を持って書かれている。きっと安原さんも喜んでくれていると思う。村松友視さんの『ヤスケンの海』(幻冬舎)の面白さとはまた違った魅力を持った短篇。「スペッキヲ」は定価1000円で頒布されているが、購入方法について蒼野さんに問い合わせているので、わかり次第、この日記でお知らせします。
▲文庫化を待っていた小川勝己のデビュー作『葬列』(角川文庫)を購入。なかほどまで読む。これまた、読みはじめると途中で止めるのが難しい小説。現金強奪を計画する女3人と、所属する暴力団にハメられ、すべてを失った意気地なしのいじめられっ子ヤクザ。二つの平行するストーリーが出会ったところまで読んで寝る。


2003/06/03/Tue.
▲晴れ。
▲馳星周の新刊『生誕祭 上』(文藝春秋)。快調。バブル期の後半戦が舞台。ディスコの黒服から不動産屋になった21歳の主人公が、「地上げの神様」と30代半ばの売り出し中の地上げ屋の「ババ抜き」に巻き込まれていく。金と色、欲望が支配する世界をスピーディーなタッチで描いて引き込まれる。読者はバブルが破綻することを知っている。物語は破滅に向かうほかはない。地獄に向かって猛スピードで疾走する男と女。彼らはどんな結末を迎えるのか。中国人、暴力といった、これまでの馳星周的世界とはひと味違うピカレスクロマン。「下」巻が楽しみだ。


2003/06/02/Mon.
▲晴れ。
▲中野順一『セカンド・サイト』(文藝春秋)読了。新刊。第20回サントリーミステリー大賞受賞作(サントリーミステリー大賞はこの第20回で終了した)。
▲キャバクラのボーイを語り手に、キャバ嬢殺人事件その他を描くミステリー。新味は触れるとその人の「ビジョン」(近未来の姿)が見えるという超能力者のキャバ嬢が登場するところ。映画『デッド・ゾーン』(原作────はスティーブン・キング)ですな。石田衣良『池袋ウエストゲートパーク』(文春文庫)を思わせる雰囲気も。出てくる女の子がもうちょっと魅力的だともっと良い。その点、キャバクラミステリー(なるジャンルがあるかどうかは知らないが)の傑作は『まどろむベイビーキッス』(角川書店)だろう。
▲すき焼きをご馳走になる。アタマのいい人たちと話していると、こちらまで賢くなったようで気持ちがいい。


2003/06/01/Sun.
▲曇り時々雨。のち晴れ。
▲Oさんと新宿で仕事の打ち合わせ。
▲散髪。コニカプラザギャラリーで今岡昌子写真展「Into Herself 〜アフガニスタンの生きる力」を見る。女性報道写真家が撮ったアフガニスタンの女性たちの姿。すべてカラー作品。原理主義のタリバン政権が倒れたとはいえ、イスラム社会で女性にカメラを向けることには困難があったはず。正統的報道写真。今岡昌子写真集『re−birth』(窓社)も 発売中。
▲夫婦三組で金達莱。楽しい会でした。歩いて帰る。


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