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2002/11/30/Sat.
▲晴れ。
▲安原さんのところに寄ったが、日記は書けなかったとのこと。やはり相当痛みがキツイようだ。気力は衰えていないようだけど。「ではまた明日」と約して病室を出る。
▲ハービー・山口さんの写真展「山崎まさよし&ハービー・山口 ミシシッピ〜東京」へ。昨年、有楽町阪急からスタートした巡回展のアンコール。有楽町阪急での写真展は見に行っているのだが、今日は会場で、ハービーさんの写真を撮らせてもらい「チーズプラザ」誌に載せようということで。ハービーさんのファンで写真教室の生徒でもあったTさんに写真を見せてもらったり、ハービーさんからお話を聞いたり、ハービーさんとファンの方たちとの交流の様子を見ることが出来た。写真展は15日まで。山崎まさよしファンならずとも、ポートレート、スナップ写真に興味のある方には楽しめる写真展だと思う。展望台から下界を見下ろしながらお茶を飲むのも一興。
▲久しぶりに映画を見に行く。『夜を賭けて』。梁石日の原作を新宿梁山泊の金守珍(金盾進)が監督し、映画化した。脚本は丸山昇一。昭和33年。大阪の兵器工場跡に、毎夜、在日韓国・朝鮮人部落の面々が鉄クズを盗みに入っていた。警察との攻防、部落内での対立などがエネルギッシュに描かれる。こんなにケンカばっかりしている映画というのも久しぶり。韓国に大規模なオープンセットを組み、バラックの部落を再現、韓国映画界のスタッフを起用し、技術的にも優れた作品になった。出演者たちの演技もすばらしい。『バトルロワイヤル』、『光の雨』と映画出演が続いている山本太郎が主役を張って、生き生きと輝いている。細部を見ていくと、納得のいかないところや、ちょっとシラける場面もあるのだが、全体をみなぎっているパワーに、久しぶりに骨太の映画を見たという満足感を得られた。拾いモノだと思う。
▲で、映画を見ていて、部落の連中が「アパッチ」と呼ばれている段で、ああ、これは開高健 の『日本三文オペラ』(新潮文庫)と同じ題材なんだと、遅ればせながら気付いた。
▲高木徹『ドキュメント戦争広告代理店』(講談社)。ボスニア・ヘルツェゴビナの戦争で、セルビア人が悪玉にされたのは、ボスニアが雇った腕っこきのPRマンの仕事だった──戦争とメディア戦略という、二十世紀以降の大問題を「PR」という観点からドキュメントした異色作。まだ1/3ほどまでしか読んでいないのだが、かなり面白い。著者はNHKディレクター。番組作りの途中で、その後で知り得た内容をまとめたもの。


2002/11/29/Fri.
▲晴れ。
▲慶応病院に入院中の安原顯さんのところへ、オンライン書店bk1で連載中の編集長日記の原稿を受け取りにうかがう。体調はすぐれない感じだったが、昨晩書いた原稿を用意しておいてくださった。見本ができたばかりだという新刊『ハラに染みるぜ!天才ジャズ本』(春風社)を見せてもらう。カジュアルでかっこいい装幀で、内容も充実している感じ。


2002/11/28/Thu.
▲晴れ。
▲写真家の庄司桂子さんに「子供の笑顔の撮り方」を取材。1月25日創刊の写真投稿雑誌「チーズプラザ」プレスリリース)のためのもの。
▲127フィルムカッターの新モデルについて取材のお願いを製作元のスタジオB.T.に。販売窓口は銀座レモン社。興味のある方はレモン社さんへお問い合わせ下さい。
▲続けて、写真家のハービー・山口さんにポートレートの撮影についてインタビュー。これも「チーズプラザ」に掲載するためのもの。ハービーさんがおっしゃっていた「写真を撮る動機を突き詰めることの大切さ」について、考えさせられた。


2002/11/27/Wed.
▲晴れ。
▲銀座レモン社。127フィルムカッター(スタジオB・T製)の新モデルが出ていて吃驚。
▲四谷シモン『人形作家』(講談社現代新書 )、面白すぎて時間を忘れる。唐十郎率いる状況劇場で役者として活躍したのち、人形作家になり、エコール・ド・シモンを主宰する著者が自ら語る半生。嵐山光三郎が企画し、聞き書き原稿に著者が綿密に朱筆を施したものだという。四谷シモンと言えば、60年代カルチャー・シーンのイコンとして伝説的な存在。本書は、没落した名家の娘と、浅草のヴァイオリン弾きとの間に生まれたシモンが、孤独な少年時代を過ごし、人形作りに熱中していく過程や、青春時代を迎えて唐十郎、澁澤龍彦といった錚々たる人々と出会い、時代の熱狂に巻き込まれていく姿が生き生きと描かれている。読みはじめたら止まらない。篠山紀信撮影による人形写真も美麗。超おすすめ。
▲「季刊クラシックカメラ」色校出。
宜保愛子という人の番組を生まれて初めて見る。ああ、これって、「ご先祖様が見ているよ」ゆーて、説教するという仕組みか。コギャルも身に染みる、倫理の説き手が宜保さんなんだ。だから中高年にも人気があるんだね。宜保さんに「援助交際はなぜいけないか」とか「人を殺してはなぜいけないか」を語ってもらうしかない、ということか。あーあ。


2002/11/26/Tue.
▲久々に快晴。
▲写真家の高部心成さんに作品を見せてもらう。高部さんはビジュアルアーツ大阪校を卒業後、東京の写真スタジオに勤務しながら写真を撮り、今年の<コニカ・フォト・プレミオ>に入選。10.22(火)〜10.31(木)まで新宿コニカプラザギャラリーで写真展「人間の大地−私が生まれた村」を開いたばかりの、23歳の新進写真家。高部さんは中国東北部出身。お祖母さんが日本人(いわゆる中国残留孤児)で、15歳の時に日本に来た。十代のころは日本の生活に慣れることで精一杯で、故郷のことなど考えもしなかったという高部さんだが、数年前から何度も帰郷し、写真を撮ってきた。彼が育ったのは農村なので、変化が激しい中国にあっても、まだ古い生活の面影を残している。彼は村で暮らす子供たちや、働く人たち、老人の姿などをモノクロで撮っている。とりわけ、少年少女たちといっしょになって遊んで撮ったという、子供たちの生き生きとした表情がよかった。自分のテーマを見つけたことで、それまで憧れていた広告写真の世界から、いったん離れて、これから4ヶ月間、故郷の村で過ごすという。健闘を祈りたい。
▲永江朗『インタビュー術!』(講談社現代新書 )読了。ぼくは永江さんがオンライン書店bk1のために行なったインタビューに同行したことがある。そのときの永江さんの姿を思い起こしながら読んだ。ぼく自身もインタビューの仕事をやっているけど、まったくの我流なので、永江さんがどんなふうにインタビューをするのか、興味津々で見ていた覚えがある。本書は、永江さんが、インタビューの秘訣(というと安っぽいが、具体的な方法論と、その背景にある哲学)を惜しみなく明らかにしたもの。インタビュー記事の「読み方」、優れたインタビュー本についても書かれている。この種の仕事に興味のある人におすすめしたい。


2002/11/25/Mon.
▲雨。
▲恒例の月曜午前中のミーティング。昔勤めていた会社の後輩とばったり。世間は狭い。
▲「日本文化芸術振興賞受賞記念コンサート 三絃の響き〜西潟昭子の世界〜リサイタル2002」を東京芸術劇場で見る。三弦というのは三味線のこと。つまり古典邦楽を現代的な解釈で演奏するというものだった。三枝成彰、池辺晋一郎などが作曲。女声合唱、フルートなど西洋音楽とのセッションも。
▲大塚で飲み。


2002/11/24/Sun.
▲くもり。
▲昨日やり残したことを今日やる。で、今日やり残したことを明日やる、という繰り返しで人生が終わってしまいそうな予感がする今日この頃。
▲神奈川県民ホールへ「海老塚耕一展 新作 ── 眼差しの現象学 [身体・素材・記憶]」を見に行く。インスタレーションと版画。木とか鋳物とか錆びた釘とかスノコにロウとかパラフィンとか。ビデオの中で海老塚さんが語った言葉「町工場の親父みたいに」というのは、作品を見るとよくわかる。作品は大きいし、加工も大変だ。11月30日(土)まで。海老塚耕一さんについては海老塚耕一の作業場からに詳しい。
▲ぼくたちが大学生だった頃(1980年代後半)、現代美術は今よりももっと一般的に注目されていたと思う。『WAVE』や『夜想』といったメディアがあったし、P3やセゾン美術館もあった。水戸芸術館現代美術センターのオープンもその頃だったはず。ぼくもいくつか展覧会を見に行った。インゴ・ギュンターとか三上晴子とかアンゼルム・キーファーとか。とくにフジテレビギャラリーで見たアンゼルム・キーファーは忘れられない印象がある。その後、97年から98年にかけてヨーロッパをうろうろしていた時にキーファーの作品を数カ所で見てやはり感動したけれど、その時にはすでに現代美術というものが魅力的なものではないと感じていた。それはブリュッセル王立美術館を歩いた時にはっきりとした。時系列に並んだコレクションを順に見ていくと、現代に近づくほどつまらないものが増えていくからだ。というか、ガラクタ(にしか見えない)を集めてどうするんだろう、とややあきれた。ま、極東のゲイジュツオンチの言い分に過ぎないかも知れないが。
▲とはいえ、オンチを承知で言わせてもらえば、すくなくともキーファーの作品には第二次世界大戦によってドイツとヨーロッパがこうむった亀裂についての思索があり、表現がある。しかし、現代美術家予備軍と、その業界で食べている人たちのサークルの中に、そういう切実なものってあるんだろうか? これはこと美術に限らず、昨今の文学、芸術、人文すべてに言えることだけど。
▲で、そどうすればいいか? どうしようもない。戦争でも起こるのを待つか? まあ、そもそも芸術ってのはそこに毒を孕んでるわけだから、そういう剣呑な何かがなくてはならないのかもしれない。で、あるならば、ぼくたちは退屈な平和を享受すべき、ということなんだろう。幸いにして、過去の遺産をこれでもか、と楽しめる環境が整っている。大事なものは世界遺産にし、作品はDVDに残す。世界がアーカイヴ化され、ぼくたちはそれらを楽しむだけで軽く一生分の時間を使い果たす。ようするに新しいものなんか必要ないってこと。あえて作るなら、それは自己満足のためということになる。それって、果たして幸福なのか、不幸なのか。
▲桐野夏生『錆びる心』(文春文庫)。読みのがしていた短篇集。人間の心の機微を描いて、恐ろしい。小説が巧い人だな〜と思いつつ、一気に読む。ストーリーそのものよりも、登場人物たちのリアリティーに惹かれる。とくに最初の短篇「虫卵の配列」、次の「羊歯の庭」が好きだ。人間てやっかいな生き物だなあ、と思いつつ、しかし、そこにこそ面白さがあるんだと思う。
▲『月刊書評』のための安原顯さんのインタビュー原稿を、安原さんにチェックしてもらう。安原さんの赤字を直すと、余分な言い回しが削がれ、発言のリズムがぐっとよくなる。原稿をまとめたぼくとしては、いつも精進が足りないなと反省するのだが、今回は、安原さんの体調が思わしくなく、腕が利かないにも関わらず、丁寧に赤字を入れてくれ、その気力に本当に頭が下がった。このインタビュー原稿は、近々オンライン書店bk1にもアップするので、ここからリンクします。


2002/11/23/Sat.
▲くもりのち雨のちくもり。
▲夕べ、目覚まし時計をかけないで寝た。起床10時。昨日、原稿は上げたけど、文字校正は今日。直して、取材先に事実確認……。あ、あと、『月刊書評』(図書館流通センター・非売品)に掲載するための安原顯さんのインタビュー原稿。うー。
▲と、仕事をしているふうなのも夜までで、新大久保のチュニジア料理店ハンニバルに4人で。12時近くまで。あまりコンセプトのはっきりしない集まりだったわりには、それなりに盛り上がったので妙な充実感を感じる。
▲ハンニバルはメチャクチャ混んでいた。商売繁盛で何より。いつも深夜に来るので、あまり料理を頼めなかったので、今日は存分に注文。人参ペーストのサラダとか、半熟卵一個入り揚げ春巻きとか魚とかクスクスとか、いちいち美味しかった。しかし食い過ぎ。
▲角田光代『学校の青空』(河出書房新社・文庫もある)読了。学校を舞台にした短篇集。いま一つピンと来なかったのは自分が学校から遠く離れているからか。しかし、中では女子校の「いじめ」を描いた「放課後のフランケンシュタイン」が面白かった。いじめられる側からではなく、いじめる側からの、切迫した気持ち。しかし、作者が、ギリギリのところまで引き返してしまうというか、品の良さなのかも知れないけれど、物足りないというのがホンネ。小学校のクラスで先生から「ちょっとトロい子」という役割を当てられて、あたかもそういう役割を演じるかのような日常を演じることになった主人公が陥った災難を描いた「学校ごっこ」も今ひとつ腑に落ちず。


2002/11/22/Fri.
▲くもり。
▲高梨豊著『ライカな眼』(毎日コミュニケーションズ)の見本が届く。超カッコイイ装幀で、感動。しかし、できたらできたで致命的な誤植があったらどうしようと不安になる。ま、そういうもんだ。書店に並ぶのは29日あたりかと思われます。発売されたら、またここにアナウンスします。
▲「季刊クラシックカメラ」、残った最後の原稿をあげ、一息つく。やったー。
▲銀座マルディ・グラ。蠍会。最近、美食の会となりつつある。メンバー全員が誕生日を迎えた(共通項が蠍座……)。だから何? という感じもするけど。地方交付税の理不尽、小役人の無能、学校教育の悪平等、など、三十代にふさわしく、世を憂い、憤ってみたり。内容的には焼鳥屋のほうがふさわしかったかもしんない。電車を乗り間違え、山手線は品川止まり。トホホ。
『歴史上の本人』(朝日文庫)。南伸坊が歴史上の有名人の扮装をし、ゆかりの地を訪ねて、その本人として歴史の謎を「思い出す」という趣向。こういうのって、マジメにやればやるほど面白い。なかでも、仙台四郎って人のことは、この本ではじめて知った。仙台の福の神と言われた実在の人物で、言葉はほとんどしゃべれないけど、四郎が現れた店は商売繁盛したという。グッズもある。


2002/11/21/Thu.
▲くもり。
▲「季刊クラシックカメラ」のローライ特集で「写真からローライで撮った『この1枚』」なる原稿を書くため、久しぶりにエルスケンの写真集『ニッポンだった』(旧版・リブロポート・1987年)を引っぱり出す。大学時代に、たぶん、生まれて初めて買った「写真家の写真集」だったと思う。エルスケンが世界旅行の際に日本に寄り、スナップした写真群である。今回あらためて見直して、なぜ、エルスケンの写真に惹かれたかがわかった。彼はつねに社会の端っこで生きている人たちを撮っている。しかも、同じ人間として敬意を払って撮っている。告発的な写真でもければ、好奇心だけの写真でもない。その距離感がとてもいいのだ。そして、この写真に写っている60年代初頭の日本人の顔の魅力的なことといったら! 日本人は自前の「顔」を失ってしまったのではないかと思う。現在は東京書籍から新版『ニッポンだった&After』が出ているので、興味のある方はそちらをどうぞ。
▲眠れぬ夜には根本敬『人生解毒波止場』(洋泉社)を。お気に入りは「魔性の巨乳 知美」の項。其風画白の絵も和む。根本さん、偉大な人だ……。


2002/11/20/Wed.
▲くもり。
▲今日で34歳(汗)。
▲チラっとサッカー・キリンカップ。「日本対アルゼンチン」。下馬評通りアルゼンチンが2対1で勝利。
▲角田光代『あしたはうんと遠くへいこう』(マガジンハウス)読了。いきなり1ページめからエコー&ザ・バニーメンを聴いてる女子高生の独白。やや妄想の強い少女が、どこかよその場所へ、と気の弱い父と宝塚狂いの母と姉がいる家から出ていく。東京へ、アイルランドへ、郊外の町へ。80年代半ばから、90年代後半までの時代を、一人の女性を主人公にその時々の流行の音楽を小道具に使って描く。30代半ばの人間にとっては、イタイことこのうえない連作小説。気色悪い……と思いつつ、一気読みしてしまった。


2002/11/19/Tue.
▲くもり。
▲小川勝己『眩暈を愛して夢を見よ』(新潮社)読了。読み終えて、きつねにつままれたような気分になる。そして、よくよく考えると、これって壮大な……。企画ものにばかり出演して「バッタ」と呼ばれているAV嬢が失踪。高校時代、彼女にあこがれを持ち、皮肉なことにAVの現場で再会した須山隆治は彼女の足跡をたどるうち……と、ありがちなはじまりかたなのだが、このAV嬢、なぜかミステリー同人誌に短編小説を発表していて、その小説が作中に入り込んでくる。この物語はいったい、誰のものなのか? 意余って力足らず、という壮大な失敗作じゃないかとも思うのだが、この壊れっぷりのスケールの大きさこそ、評価したい。やはり大器である。


2002/11/18/Mon.
▲くもり。
▲九段下で打ち合わせ。茗荷谷経由で埼京線浮間舟渡駅。はじめて降りた。駅前に公園。ある意味シュール。印刷工場で『ライカな眼』カバーの刷り出し。すぐに終わる。刷り出しを持って版元に。
▲ノートパソコンを持って移動。テープ起こし、原稿整理。それから、志村坂上で『ライカな眼』本文の「作例」ページの刷り出し立ち会い。あとはできあがりを待つだけとなった。
▲N里さんと新大久保の屋台村へ。『開国マーチ』(藤井誠二・荒木経惟 実業之日本社)にも写っていた、ずいぶん前から屋台村にいる日本人おねえさんがウェートレスで復活。旧屋台村と、現屋台村のことをあれこれと聞く。


2002/11/17/Sun.
▲くもり。
▲高梨豊著『ライカな眼』(毎日コミュニケーションズ)の刷り出しを見に、高島平の印刷工場へ。ご夫婦と外国人青年の三人で刷る。お父さん(61)が版をセットし、お母さん(58)が刷り担当。もう一人の青年はアシスタント。今日は口絵の二色印刷(ダブルトーン)。モノクロ写真を黒とグレーの特色とで印刷する。刷り出し前に、見本をチェックし、注文をつける。お母さんはダブルトーンの方法論を持っていて、説明してくれる。印刷現場の人はたいがい、口が重い職人タイプの人が多いのだが、この日はそんなこともなく、お母さんのダブルトーン哲学をうかがいながら、こちらの注文を聞いてもらい、落としどころを見つけていく。そもそも、粒子で描くモノクロプリントをアミ点で再現する印刷と同等にするのは無理があり、ようは、その印象をどこまで近づけるかということ。デザイナーのN里さんが細かく注文をつけていく。7時から小一時間かからず、見本が出来、刷り始めてもらう。
▲小川勝己『彼岸の奴隷』(角川書店)。新堂冬樹かよ! と呟きたくなるような流行の「鬼畜系」ヴァイオレンス小説。浪人生みたいな風貌なのに、高慢な女を虐め殺してその人肉を食うのが大好き! なヤクザの若頭を筆頭に、変態のオンパレード。ストーリーにひねりが効いているところはさすがだが、その分、食い足りないうらみがのこる。小川勝己の書く小説に通底する「居場所がない」という感覚はこの小説にもよく現れており、その情緒の分だけ、新堂冬樹と違っている。さらに、鬼畜系から本格推理まで、その引き出しの豊富さが頼もしい。


2002/11/16/Sat.
▲くもり。
▲いよいよ追い込まれて、しこしことデザイン入稿の作業を。約束の時間よりも遅れて、デザイン事務所へ。Sさんに米製のクラシックコンパクトカメラ「アーガス(モデル名は失念)」を見せてもらう。シャッタースピードが「scean」「acthion」の二種類(スローとハイってことなんだろうけど)と1/500秒だったり、巻き戻しノブがポップアップ式だったり、巻き戻しボタンがトリガー式だったりと、ポップな創意が楽しい。
▲と、カメラと戯れている場合ではなく、幹事のくせに遅れて「故Kを偲ぶ会」。Kとぼくが参加していたサークルの人たちの集まり。ほとんど同窓会のノリだった。その「同窓会」を1年前に開いたのは亡くなったKだった。まあ、こういう機会でもないと、集まろうってことにはなかなかならないね。みんな、三十代、四十代になっていて、変わった人もいれば、怖いくらい変わらない人も。時間の流れが人間に及ぼす影響は一様ではないんだなあ、とこういう機会にはいつも思う。


2002/11/15/Fri.
▲くもり。
▲撮影→現像。現像上がらず、デザインに渡せない。
▲あきらめて、新宿の韓国料理店(名前失念)。I氏と家人と「じゃがいも鍋」。最後はカレーみたいになって、ごはんといっしょに食べたかったけど、お腹一杯で食べられない。電車で帰る。
▲立木義浩さんを取材。お題はローライ二眼レフ。やがて話は写真と、写真雑誌の話になる。立木さんはある地方の写真フェスティバルに招かれた経験を話し、「俺はパーテーションに写真貼るって大嫌いなんだ。だったら床に並べたほうがいい!」とおっしゃっていた。つまり、写真を漫然と見せるのではなく、見せ方にも工夫がいるだろう、ということなのだと思う。それは雑誌についてもまったく同じ事が言えていて、写真を扱う雑誌を作る立場として、いつも知恵を絞らなければならないことだと思う。「季刊クラシックカメラ」が次号で最後になることを伝えると(連載「写真家とカメラの肖像」の第一回が立木さんだったのだ)、励ましの言葉をいただく。がんばります。
▲六本木の青山ブックセンターで平積みになっていた『だれかのことを強く思ってみたかった』(実業之日本社)を買って、一気読み。作家の角田光代と写真家の佐内正史が月に一度東京を歩き、角田が掌編小説を、佐内が写真を、というコラボレーション。以前、安原顯さんがいみじくも「写真と文章を並べたら、ぜったいに写真のほうが勝つ。文章はソンする」旨のことをおっしゃっていたけど、この本もその典型だと思う。佐内正史が撮った東京のスナップ写真は、彼の持ち味が生きた、構えの大きな、人を食ったような写真で、とても面白かった。しかし、対する角田光代の文章は、写真のイメージをなぞっているように見えて、魅力が割り引かれてしまっている。せめてルポだったり、印象記だったら勝ち目があるのかも知れないが……。本の構成も、先に写真が提示され、後出しじゃんけんなら、後攻が勝ちそうなもんだが、この場合は、先に出てきたイメージに引っ張られてしまった。残念。


2002/11/14/Thu.
▲くもり。
▲高梨豊著『ライカな眼』(毎日コミュニケーションズ)のカバー色校出校。鈴木一誌さんの色校チェック、指示の出し方を間近に見ることができた。プロの仕事。
▲少しずつ読んでいた長嶋有さんの新刊『タンノイのエジンバラ』(近刊・文藝春秋)を読了。面白かった。芥川賞を取った『猛スピードで母は』(文藝春秋)よりも、作品の幅が広がって、さらに長嶋さんの本領とも言える、記憶の引き出しから取り出してきたようなアイテムが効いている。お気に入りは「バルセロナの印象」。
▲一日一篇の割合で読んでいったのだが、この人の書く小説は、いわゆる「文学」なる箱に入れてしまうのではなく、もうちょっと別のくるみ方をしてあげることで、多くの人に歓迎されるのではないかと思った。『タンノイのエジンバラ』は装画と挿絵を高野文子が手がけるとのことで、おそらく長嶋さん自身のアイデアだと思うが、実に「らしい」と思う。そして、書店の店頭でどんなふうに光るのは、いまから刊行が楽しみだ。


2002/11/13/Wed.
▲くもり。
▲高梨豊著『ライカな眼』(毎日コミュニケーションズ)の本文藍焼き出校。チェックと直し。
▲荒木経惟・写真、藤井誠二・文『開国マーチ』(実業之日本社)。「JN(実業之日本)」誌に連載された、在日外国人が住む街を訪ねるルポ。韓国人、中国人、日系ブラジル人などなど、最近、よくメディアに取り上げられるマイノリティーたちの生活現場を取材している。荒木さんの写真はいつものように、自在かつ艶っぽい。ちゃんと美人を撮ってるところがいい。藤井誠二の文章はちょっと硬いけど、在日外国人の現状を認識する上で有意義。あっという間に読めて面白い。軽さ、明るさが良い。


2002/11/12/Tue.
▲くもり。
▲高梨豊著『ライカな眼』(毎日コミュニケーションズ)印刷入稿が終わったのは朝、7時20分。
▲午前中、ハッセルブラッドとフジフイルムが共同開発した新しい6×4.5一眼レフカメラ「GX645」の製品発表会。便利そうだけど、標準レンズ付きの基本セットが72万5千円というのは……。国内のブローニーカメラの市場が年間1万5〜6千台(かつては2万台)、そのうち1万台を6×4.5フォーマットが占めるという。フジはそのマーケットで年間3千台の売り上げを目標としているとか。やっぱり中判カメラってマニアックな世界なんだな、と思う。
▲神田憲行さんと、写真家の川内倫子さんの事務所へうかがう。神田さんは川内さんの写真集『うたたね』(リトル・モア)を、「季刊クラシックカメラ」の連載で取り上げていた。話はローライのことから、写真家としてのスタンスなどまで。川内さんの事務所はクリエイターたちの仕事場を取材した『東京の仕事場』(ギャップ出版)でも紹介されている──と今、書影を見たら、この本の表紙の写真こそ、川内さんの事務所じゃん(たぶん)。前に住んでいた人が天井、壁、床に手を入れたという味のある古いマンションの一室だった。
▲帰ってすぐ寝て、起き出して。2時就寝。
▲そうそう。就寝前に真保裕一の新刊『誘拐の果実』(集英社)。二段組、500ページ近い大作。17歳の大病院の孫娘が誘拐された。身代金は、その病院の特別個室にかくまわれている大企業のオーナー会長の命だった! 娘の家族は警察に協力を依頼し、会長の死を装う。犯人の狙いは何か? 寝る間も惜しくなる、久々に真保節全開の長篇サスペンス。爽やかな後味は特筆すべき。


2002/11/11/Mon.
▲晴れ。
▲高梨豊著『ライカな眼』(毎日コミュニケーションズ)の印刷入稿予定日。で、一日が過ぎた。
▲文藝春秋の田中さんのはからいで、角田光代の近刊『空中庭園』(文藝春秋)をゲラで読むことができた。ラブホテルが並び、巨大なショッピングセンターが生活の中心になっているような郊外の町。いわゆる16号線的生活空間。そこの、ちょっと小綺麗だけど、もう古くなりかけている「ダンチ」に暮らす一家の物語。女子高生と中学生の弟、できちゃった婚の両親と、母方の祖母、そして父の愛人。家族と準家族とそこへの闖入者それぞれの視点で起きたできごとが語られる。いわゆるホームドラマなんだけど、ありふれた光景のなかに、当てている光の角度が新鮮、とでもいうか。いま、もっとも期待されている作家の一人、角田光代、注目ですぞ! ちなみに、この近刊のほかに写真家佐内正史とのコラボレーション『だれかのことを強く思ってみたかった』(実業之日本社)が出たばかり。二人はともに1967年生まれのはず。同年の写真家と作家のコラボ。こっちも読んでみたい。


2002/11/10/Sun.
▲雑用で一日が終わった。楽しいことはとくになし。


2002/11/09/Sat.
▲晴れ。
▲「季刊クラシックカメラ」の次号はローライ特集。そこで、5人の写真家の「この1枚」を掲載し、コメントを載せるというページをやることに。登場するのはエルスケン、立木義浩、大倉舜二、有元伸也、川内倫子の各氏の作品。今日は立木さんのところにうかがったのだが、あいにく、風邪を引かれたとのことで、写真のみお借りし、お話をうかがうのは後日ということに。モノクロプリント二点をお借りする。
▲松本賢吾さんの『月虹 ムーンボー』(毎日新聞社)を一気読み。歌舞伎町で起こった中国人同士の抗争が、幸せな一家を破壊し、その余波が歌舞伎町全体を恐怖の渦に巻き込んでいく。主人公は心優しきマル暴の刑事。のし上がろうと野心を燃やす沖縄出身のヤクザ、家族を殺された在日韓国人二世の男。思わず、男泣き。いわゆるノワールものというと、非情さばかりが強調される。いまどき、こういう人情モノは貴重だろう。馳星周的な世界と真逆にある歌舞伎町ものだが、熱い血潮がたぎっている。歌舞伎町で飲んだくれているすべての人に薦めたい。毎日新聞社の「アジア・ノワール」シリーズの一冊。


2002/11/08/Fri.
▲晴れ。
▲えーと。午前中、来年一月に出る雑誌の打ち合わせ。だんだん内容が固まってくる。最終的なツメまでもう少し。
▲『ライカな眼』最終校正。出るのを待って神楽坂ラ・カーブ・イデアル。はじめてのライカを手にしてうれしそうなK氏。そのほか、例によって、カメラと仕事の話で深夜まで。


2002/11/07/Thu.
▲晴れ。
▲昨日のことなのに思い出せなかったり。
▲鈴木一誌事務所。『ライカな眼』(高梨豊著・毎日コミュニケーションズ・11月下旬発売)のカバーとオビ、口絵レイアウトが上がってくる。メチャクチャかっこいい! って、我ながら語彙が少ないなと。お見せできないのが残念ですが、決定したら、ここにも貼り付けます。高梨豊さんの自写像を鈴木さんが見事に生かしたカバーです。オビの言葉は赤瀬川原平さん。
▲鈴木一誌事務所で鈴木さんのロングインタビューが掲載された図書新聞をいただいた。映像評論集『画面の誕生』(みすず書房)、デザインについての実際的でありかつ哲学的もあるという希有な本『ぺージと力』(青土社)の二冊について。インタビューも面白かったが、『画面の誕生』についての中条省平さんの書評が示唆に富んでいて、優れた「補助線」になっている。
▲『ライカな眼』のカバーを見た高揚感を連れて高田馬場kupukupu。家人からNさんを紹介され、歌舞伎と宝塚と郷里(同郷なのだ)の話。懐かしい人の名前を聞いた。


2002/11/06/Wed.
▲晴れ。寒い……。
▲断水。「季刊クラシックカメラ」編集部で手書き原稿の入力。デザイナー氏に原稿を渡す。そんなこんなで気が付くと、夕方。
新宿コニカプラザ。池田葉子写真展「about blanc」。風景(の断片)を撮っているのだが、関心があるのは、むしろ、その風景を見つめている自分、という感じのモノクロ写真。こういうのを「綜合写専調」というのかな? と思う。「綜合写専調」というのはある人の造語らしいけど、また聞きでしかないので、自信がないんだけど。というか、「〜〜調」などと断じては写真家に失礼ですね。すみません。で、とても今風だな、というのが感想。手法はオーソドックス(モノクローム、風景の断片を撮影)なんだけど、そこに込められているのは、自分のアイデンティティ探し。良くも悪くも、いま、こんな時代に、なぜ、私はわざわざ写真を撮ってプリントしているのか? という問いかけに必死に応えようとしている。それを誠実だと捉えるか、痛々しいと感じるか。俺はどちらかというと、後者かも。
▲コニカプラザにはギャラリーが3つある。一番広い会場ギャラリーCは広河隆一写真展「激動のパレスチナ」。タイトル通り、パレスチナの側から、中東戦争の現実を写真で告発している。テレビの発達によって報道写真はその使命を終えたと思われている向きもあるが、このようなモノクロームによる完成度の高い写真を見せられると、写真でしか表現できない世界がまだまだあるのだと感じさせられる。写真家が、世界をどう考え、どう捉えるのか、写真を撮ったカメラの後ろには、個人的な哲学と世界観がある。現場の取材者と、それを報道するメディアの間に、よくも悪くも、多数の人間の意思が反映されるテレビ番組とは違って、これらの写真は写真家個人のものである。そういう意味で、報道写真家による写真展、写真集の意義はまだ十分にあると思う。
▲ちなみに写真展「激動のパレスチナ」は、『写真記録パレスチナ 1』(日本図書センター)『同 2』の出版を記念して開かれた。広川隆一のパレスチナ関連書としては『パレスチナ 新版』(岩波新書)もあるが、おすすめは文庫の『パレスチナ 瓦礫の中のこどもたち』(徳間文庫)。写真がふんだんに盛り込まれている。
大倉舜二展「仕事ファイル1961-2002」に合わせた、大倉さん、立木義浩さん、草森紳一さんのトークショーを聞きに行く。いつも思うのだが、トークショーってムズカシイと思う。この日も盛り上がったような、盛り上がらなかったような。でも、そういう微妙な空間が面白いのか。間歇的に飛び出す発言の面白さに注目すべきなのか。草森さん曰く「写真家は(本も読んでいないのに)哲学的で驚かされる。被写体との関係を常に意識しているからだろう」。写真家インタビューをしていると、話が抽象的になることがよくあるのだが、その体験をズバリと言葉にされた感じ。さすが。


2002/11/05/Tue.
▲晴れ。
▲「幻想文学」編集長、ホラー評論家の東雅夫さんが店長を務める本のセレクトショップ怪奇幻想ブックストアがオープンしました。ぼくも首を突っ込んでいますので、ぜひご覧ください。東さんのこだわりのセレクションと充実したコンテンツが魅力です。
▲写真家の庄司桂子さんとある企画についての打ち合わせ。「サライ」の記事で取材して以来になるのだが、以前と変わらず元気よくお仕事をされている様子。明日からニュージーランドにロケだとか。
▲「季刊クラシックカメラ」の次号の原稿締切、したがって、デザインに渡すための原稿整理を次々。
▲高梨豊著『ライカな眼』(毎日コミュニケーションズ・11月下旬発売)の写真原稿を先行入稿。入稿用のゲラをもらいに鈴木一誌事務所にうかがった折り、デザイナーのNさんに「HP見ましたよ」(ニヤリ)と言われて赤面。
▲その鈴木一誌さんの著書が出た。『ぺージと力』(青土社)。鈴木さんが物書きとしても優れていることは、映像評論集『画面の誕生』(みすず書房)でわかっていたつもりだけど、その文章の内容が、文字、組版、デザインとなると、否応なく迫力が増す。中上健次の手書き原稿と組み上げられた版面を並べて、その間に失われてしまったものがある、と書く鈴木さんは哲学者である。そして、知的スリルに満ちた内容を、詩的なリズムを持った言葉で書いている。興奮。本を作る仕事に関わる人は必読ではないかと思う。


2002/11/04/Mon.
▲晴れ。
広告農場の紺谷宏明さん、坂内泉さんたちのグループ展を見に行く。写真とかビデオとかテキスタイルデザインとかぬいぐるみとか人形とか絵とか。「SIX SENS」〜11.9(土)11:30〜19:30 渋谷区広尾5-4-11 ベルナハイツ1A-2(地下鉄日比谷線広尾駅2番出口下車徒歩1分、赤い看板が目印です)。二人のほかにA.R.T Puff、風姫、南一朗、呼子の各氏が作品を展示しています。
▲『ライカな眼』の校正、口絵のことで悩んだり、いろいろやっているうちに深夜。焦る。


2002/11/03/Sun.
▲晴れ。
▲オンライン書店bk1のための、安原顯さんへのインタビュー。思ったよりも元気そうで少し安心する。
▲取材後、安原さんの朝日カルチャーセンターでの教え子のみなさんたちに合流させてもらい、お茶。作家の松本賢吾さんに久しぶりにお会いする。松本さんは新刊二冊を立て続けに刊行したばかり。一冊目の『謝り屋始末記 不動明王篇』(Futaba novels)はすでに読んで面白かったのだが、これから書店に並ぶ『月虹 ムーンボウ』(毎日新聞社)は歌舞伎町を舞台としているアジアン・ノワールとのことで楽しみ。


2002/11/02/Sat.
▲晴れ。
▲写真家をめざすYくんと会い、少し写真の話。
▲小川勝己『まどろむベイビーキッス』(角川書店)。面白い。読みはじめたら止まらない。東京郊外私鉄沿線(保谷駅近く)のキャバクラ「ベイビーキッス」のキャバ嬢みちるは、店の人間関係でストレスを抱え、HPでは掲示板あらしに出会う。自分の居場所がなくなってしまう──八方ふさがりのみちるが取った行動は? ミステリーとしての要素も盛り込まれているため、ネタバレしないようにストーリーを言うことがきわめて困難だが、読んでソンはない、衝撃作。キャバクラ好きの貴兄に、そして、それ以外の刺激的な小説を読みたいと思っている人に。
▲しかし、小川勝己という作家は不思議な作品世界を作っている人だ。バイオレンスな世界に、突如として横溝正史的などろどろした情念が入り込んできたり、時刻表ミステリー的な仕掛けが入ってきたりする。そうかと思うと、とんでもない逸脱、暴走ぶりを見せたり。とりあえず、過去作を片っ端から読んでみたい。


2002/11/01/Fri.
▲くもりのち雨。
▲11月……。
▲何してたんだっけ。この日じゃないかも知れないけど、突然、猛然と落書きがしたくなり、反古に書く。そのうちの一枚をHPのTOPページに貼った(反響がなかったので、すぐに替えました。アハハ──泣)。


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