【アルカリ】0626
02/04/16

写真集『Wani Wani』
(浅川英郎・ソニーマガジンズ・2200円+税)

 作家意識ではなく、面白い写真作りに徹した結果としての写真集

 ある有名写真家と話していた時に、こんな話が出た。

 その写真家はミュージシャンの写真で知られているが、はじめて開いた個展に被写体となったファンの若者たちが押し寄せた。その結果、展示された写真が「作家の作品」として認知されなかった。写真展がにぎわったのはうれしかったが、反面、評論家やメディアは写真家として自分を認めてくれなかったのは少し残念だった、とその写真家は述懐していた。

 その話を聞いたときにぼくが思ったのは、「写真家の作家性とは何か」という単純至極な問題である。写真家の取材をしていると、いつもぶつかる問いでもある。「写真家の創造性とは何か?」。

 ライティングや構図、露出、あるいはプリントなど、写真家が「創る」要素はいくつも挙げられる。しかし、写真が現実に目の前にあるものを「撮る」という行為である以上、そこには被写体の力が必ず作用する。

 写真家がしばしば、被写体に「もらっている」と語るのはホンネだろう。無から有は作れない。写真はそのことを自明のものとして成り立っている奇妙な芸術なのだ。

 今日紹介する本は写真集だ。プロカメラマンとして仕事をはじめて10年になるという浅川英郎がこれまでの仕事をまとめたものである。

 収録されている写真は、スピッツ、椎名林檎、スーパーカー、フィッシュマンズ、クラムボン、スチャダラパーら、多彩なミュージシャンのCDジャケットや音楽雑誌に使われた写真だ。CDショップの店頭で見かけたおなじみのイメージもある。

 ぼくの個人的な記憶では、スピッツのジャケット写真が印象深い。スピッツはここしばらく女性モデルを使ったイメージ写真をジャケットに使っているが、デザイン処理のためにトリミングされているので、その全体像をこの写真集ではじめて見ることができた。

 スピッツのジャケットがそうであるように、浅川英郎の写真はどれもコンセプトに基づいて作り込まれたものである。写真の中に必ずしもミュージシャンがそこに写っている必要はない。彼らの音楽世界に通じるグルーヴ感があればいいのだ。ここでは写真家は一人のアーティストではなく、むしろアルチザンだ。音楽と音楽家をどう表現するかというテーマに腕を振るう職人である。そこには綿密なコンセプト作りと、ヴィジュアルイメージへのこだわりがある。

 写真の形式も、カラー、モノクロはもちろん、多重露出、コラージュ、ポラロイドなど様々な手法でイメージを表現しようとしている。ロケ地も海岸、郊外の河原、高層ビルの下、和風建築、野球場、会議室、こたつの中など、これまたすべてバラバラ。こってりした色ノリを好んだカラープリントには共通するテイストがあるが、そのほかは同一人物が撮ったとは思えない多彩さである。

 なかでも、穴を掘らせたり、高飛びを飛ばせたり(高橋徹也)、乗馬服を着せて馬に頬を寄せさせたり(「スーパーカー」のフルカワミキ)、チェックのミニスカを履いたりょうを地下鉄の中で撮ったり、どこか日常をズラしているのに、妙におさまりのよい写真が印象的だ。明らかに作られているのに、それが写真であるということで腑に落ちるのだ。生々しさと虚構性の同居がギリギリのセンスで成立している。

 浅川英郎は1968年山梨県生まれ。流行通信スタジオを経て92年に独立。CDジャケット、プロモーションビデオ、雑誌、広告で活躍している。タイトルの「わにわに」は甲州弁で「いつもふざけている人」だという。それぞれの企画に沿ってアイディアを出し、作品を作る。その行為の中に面白さを見出しているのだろう。

 しかし、これまでの作品の単なるポートフォリオかというと、そうではない。写真集としてまとまった時に、これらの写真が一つの世界を作り得ている。そのキーとなっているのが、仕事写真の合間に撮った空や街の写真だ。インターミッションとして嫌みがない。肩の力の抜けたいい感じの写真だ。仕事でシャッターを切る合間に、ふっと空を撮ってしまう。そういう感じがこの写真集にまろやかな味わいを加えている。

 浅川英郎の『Wani Wani』においてはアートディレクター、スタイリスト、ヘアメイク、そして被写体であるミュージシャンらとのコラボレーションの中でシャッターを切る役割だ。ゆえに、浅川自身の意識に「作家」はいないのかもしれない。しかし、作家不在でけっこう、そのシューティングがうまくいけば気持ちがいいじゃないか、という気分がこの写真集全体を覆っている。そこに、不意に個人的なカメラアイによる空や街がふっと顔を出す。そのバランスが絶妙だ。

 では浅川英郎は冒頭に引いた写真家のようなジレンマから自由だろうか? 今は自由かもしれないが、これからはわからない。多様なイメージをシュートできるカメラマンである浅川が、作家として自己の世界を模索していったときに、どんな写真が生まれるのか。今後も注目していきたい。


*後記
 本文中で比較はしなかったけど、売れっ子カメラマンで作家性の高い写真集を作っている人もいる。例えば佐内正史。彼は雑誌の依頼仕事の写真とまったく関係なく、超個人的な写真集(『俺の車』など)を出している。
 ミュージシャンや俳優とのコラボレーションを作家的にやった例では平間至がいる。ちょっと古いけど『モータードライブ』という写真集がそれだ。最近は猫の写真も撮っているけれど。
 また長島有里枝のように、自分と家族のヌード写真の間にタレントを撮った写真を入れ込むというある意味トンデモない(でも面白い)写真集(木村伊兵衛賞受賞作『Pastime paradise』)もある。
 それぞれ、作家か職業カメラマンか、という線引きが微妙にあって面白い。ぼくは写真家に話を聞くときにも、いつもそのへんを意識して聞くようにしている。
 ちなみに今日紹介した浅川英郎の写真集は、中目黒ブックセンターで偶然手にしたもの。装丁は椎名林檎のアートワークで知られるCentral67。


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