【アルカリ】0588
01/ 06/05(火)

『吉祥寺幸荘物語』
(花村萬月・角川書店・1400円+税)

 吉祥寺散歩のガイドにもなる? 青春小説

 吉岡信義。24歳。童貞。ロックミュージシャン、俳優、詩人などを輩出した、伝説的な貧乏下宿、吉祥寺幸荘の住人だ。

 吉岡は作家をめざして定職に就かず、ちょうど、文芸誌「文學界」への応募原稿を書き上げたばかりだ。幸荘には、ブルースギタリストをめざしている円町、カメラマンをめざしている富樫、幸荘の主的な存在になっている45歳の槙村など、クセのある連中が住んでいる。

 語り手である吉岡は、作家志望らしく、内省的な視点で彼らと自身の青春を見つめるが、目下の最大の問題は、24歳にもなっていまだ童貞ということである。観念的で、自意識が強い吉岡は女性に対して自然に接することが出来ないのだ。円町の恋人、香月は吉岡に佐和子というとびきりの美人を紹介するが、うまくいかず、吉岡は落ち込む。円町は、吉岡を誘って歌舞伎町の高級ソープへ行くのだが……。

 時代は変わっても、内省的で求道的な青年というのは存在するはずだ。文学というものも、時代とともにすっかり古くさいものに感じられるようになってしまったけれど、ある種の人にとってはいまだに価値のあるものなんだと思う。だから、吉岡という青年の古くささ、リアリティがあるとぼくは思った。

 観念的な青年にとって、女体というものは、大人の世界への扉である。文学青年の吉岡は、いまどき珍しく「奥手」だ。童貞、貧乏といった、いまどきじゃないネタを扱って、しかし、アナクロではない。このあたりのさじ加減がうまい。

 吉岡にとって内省や求道はかっこいいことなのだ。自分のスタイルとして、誇りを持っている。しかし、現実には、その誇りはなんの役にも立たないのだ。しかし、役に立たないことに価値を見出し、精を出せるのが青春であり、成長していく糧にもなる。

 吉祥寺界隈の描写は具体的で、基本的に実名だ。ぼくにもなじみがある店がいくつもでてきて、懐かしかった。花村萬月の顔に似合わぬ、文学青年を主人公にしたロマンチックな青春小説である。ちょっと調子の良すぎるストーリーだと思えなくもなく、また、40代の槙村の描写が淡泊にすぎるような感想も持ったが、ぼくは気に入った。

オンライン書店bk『吉祥寺幸荘物語』

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