【アルカリ】0571
01/ 05/08(火)

『中平卓馬の写真論』
(中平卓馬・<<リキエスタ>>の会発行 トランスアート市ヶ谷分室発売・1900円)

 中平卓馬の映像論集(抄)がブックレットスタイルで復刊

 シブい人文書を刊行している岩波書店、晶文社、筑摩書房、白水社、みすず書房の6社と、本とITの関係を模索する雑誌「本とコンピュータ」編集室、大日本印刷株式会社が共同で立ち上げた叢書<<リキエスタ>>の一冊である。

 コンセプトは、過去の名作の復刊。それも、今までの印刷システムでは採算に乗りにくい少部数の本である。さいきん出版界で話題になっている「オン・デマンド出版」という簡易印刷で作られた。ブックレット形式だが、装丁を斯界の巨匠、平賀甲賀が担当し、品のいい冊子になっている。

 本書は写真家、中平卓馬の映像論集『なぜ、植物図鑑か』(晶文社73年刊)から3つの評論を抜粋したもの。

 中平といえば、60年代に森山大道、高梨豊、多木浩二らと写真同人誌「PROVOKE」を立ち上げた人物。アレ・ブレ・ボケを特徴とした感覚的でカッコイイ、アヴァンギャルドな写真を発表する一方、写真論の論客であり政治的なアジテーターでもあった。その評論の切っ先の鋭さは篠山紀信の写真と対マン張って展開される『写真決闘論』(朝日文庫)で読むことが出来る。

 「なぜ、植物図鑑か」、「記録という幻影」、「グラフィズム幻想論」の三つの評論を収めた本書に、一切の写真は入っていない。そこが元版と違うところだ。

「なぜ、植物図鑑か」はある一通の中平あての投書から端を発している。そもそもその投書は、本書に収められている二番目の評論「記録という幻影」への感想というか反論というかがっかりというか、そういう内容である。

 「記録という幻影」の中で中平は写真=記録という位置付けを疑い、写真=記録という思いこみを否定する。そして、そのうえでなお、自分の写真は記録であるという断じ方をしている。このへんのウルトラC的論理の展開は実際に読んでもらうとして、ここで読者が引っかかるのが以下の件りだ。

 中平は自分たちが始めた「PROVOKE」のコンセプトを「写真家の肉声(パロール)の獲得」と規定し、しかし、その写真家が絞り出した肉声など、「一瞬の後に制度的な視覚のうちにのみこまれてしまったに違いないのだ」と全否定してみせる。

 60年代のアレ・ブレ・ボケ時代に中平のファンとなった読者はこう中平に問いかける。

「かつて、あなたの捉えた海辺の光景には、詩が感じられた。ぼくの心の奥をかすめてゆく波頭の感触があった」。しかし、中平は変わってしまった。つまり、中平が今さらのように写真が記録だとかなんとか、理屈をこねていることにいらだち、あの詩情あふれる写真を撮ってくれよ(意訳)と書いているのである。

 そして、その若き読者への中平の答えは「なぜ、植物図鑑か」というタイトルに示されているように、非情である。中平はそれまで撮ってきたモノクロ写真を捨て(実際に、中平は過去のモノクロネガを海岸で燃やしてしまった)、これからはカラーで行くと宣言する。

 モノクロには暗室作業という、作家の手が加えられる部分があり、ひいては作家性が色濃く出る。しかし、中平がこれから撮ろうとしている写真は(比喩としての)植物写真である。

 芸術を成立させてきた「手」を捨てる。ひいては「手によって操作され、操作されたもの、それはやはり手の延長上にある。世界は手によって操られる。それをきっぱりと断ち切ることによって私の植物図鑑は成立する。カラー写真はその意味でもう彼岸のものなのである。」

 ようするに、身も蓋もない写真を撮る、ということだ。作家性も商業性もない写真、それって、つまり、あの世の写真ではないか。

 彼岸、という言葉をここで中平が引っぱり出してきたことは凄い。写真は「詩」よりも「死」だ。シャッターを押したが最後、その目の前のものはすべて過去になる。時の死体だけが標本のように遺されるだけだ。おそらく、芸術を志向した中平は写真が抱え込んでいる死に魅せられたに違いない。

 そして、ドラマチックすぎることに、中平自身、大病ののち記憶喪失に陥り、現在もなお記憶に障害を残したままだ。しかもさらにすごいことに、彼はいまも写真を撮り続けているのである。

 若手写真家の雄であるホンマタカシが『写真集をよむ2001』(メタローグ)に寄せた原稿は中平の日常に取材したレポートだった。それだけにとどまらず、ホンマタカシはbk1で中平をめぐる取材の「旅」をはじめた。第一回は、中平のアシスタントを務めていた中川道夫に訊いている。

 なぜ、ホンマは中平に興味を持ったのかも気になるところだが、ホンマの手で描かれた中平がまたたいへんに魅力的である。それゆえ、ナマ中平を知ることができるこの本は面白かった。


オンライン書店bk1『中平卓馬の写真論』

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