『宿命 「よど号」亡命者たちの秘密工作』
(高沢皓司・新潮文庫・857円+税)
やがて恐ろしき革命戦士たちの生きる道
「よど号」ハイジャック事件と聞いて、そのあらましがパッと思い浮かぶ人は【アルカリ】読者にはそんなにたくさんいないであろう。
1970年に起こったこの事件当時、ボク自身2歳だし、事件が語り継がれたとしてもせいぜい「われわれは明日のジョーである」という首謀者田宮高麿が残した言葉が当時の劇画『あしたのジョー』の人気を裏付けたという文脈でだけ。その証拠に、「よど号」が、当時旅客機に付けられていたニックネームなのだという事実すらいまではピンとこない。飛行機が「よど号」?
ボク自身も長い間、同じ頃起こった瀬戸内海沖シージャック事件と混同していたくらいだ(このシージャック事件の顛末は映画化された。石原慎太郎の次男坊が主演した『凶弾』がそれだ)。
簡単に解説すると、1970年当時は学生運動がそろそろ煮詰まりはじめていた時代。東大の安田講堂が陥落し、新左翼と名乗るテロ闘争も辞さない連中が現れていたころだ。
赤軍派を名乗る革命戦士たちが当局の監視にもメゲずテロによる革命を志していた。そのなかの一派が旅客機をハイジャックし北朝鮮へ亡命し、軍事訓練を受け日本に共産主義革命を起こそうと画策する。
国内線の「よど号」をハイジャックし、北朝鮮へ向かうことを要求したのだ。福岡で給油したあと北朝鮮へ向かったはずの「よど号」は韓国とアメリカ、日本の共同作戦でソウルに着陸。ハイジャック犯たちを北朝鮮へ着いたと思わせ逮捕するというプランだった。しかし、このワナに気付いたハイジャック犯たちは、ここは北朝鮮だと言い張る男たちに言い放つ。
「だったら今すぐ金日成の肖像を持ってこい!」。
北朝鮮の独裁国家元首の肖像が韓国に一枚もあるはずがないことを見越しての「踏み絵」だった。
ハイジャック犯たちは「よど号」への篭城を決め込み、最終的に乗客と村山新次郎運輸政務次官の交換を受け入れ、再び北朝鮮へ向かう。この時点で北朝鮮政府はハイジャック犯の受け入れを承認していた。
かくして日本初のハイジャックは成功を収めたが、「よど号」ハイジャック犯たちの闇への旅はそのときにはじまった……。
ドラマチックな筆致でぐいぐいと読者を引っ張る引っ張る。エンターテインメントなおもしろさに満ちた本で、学生運動のオーソリティーというイメージしかなかったジャーナリスト高沢皓司の書き手としての手練手管に感心した。思わせぶりな「振り」が多すぎるような気もしないではないが、こちらの想像力が刺激されて、引き込まれてしまう。北朝鮮は「謎の国」なのである。
「よど号」ハイジャック犯9人は北朝鮮に身柄を受け入れられるが、当初考えていたような「軍事訓練を受け革命戦士となって日本に帰り、共産主義革命を成就させる」というようなプランとはかけ離れた生き方を選ぶことになる。
その生き方とは北朝鮮の思想的支柱である「主体(チュチェ)思想」を受け入れ、金日成・金正日親子の忠実なしもべとなることである。
その結果、彼らはヨーロッパでの日本人拉致をはじめとした犯罪行為に手を染めることになる。彼らの生活は常に秘密のベールに包まれ、主体思想の広告塔として機能し続けている。さらには、仲間の中での血塗られた「粛清」の事実が浮かび上がってくる……。
本書に対してはすでに「よど号」ハイジャック犯たちや、元赤軍派議長で彼らの政治的同志でもあり、現在は北朝鮮に極めて近いポジションから発言している塩見孝也(自主日本の会代表)から批判の声が上がっている。
いわく「妄想小説である」。つまり、本書に書かれていることは事実無根だ、というわけだ。
そりゃ、そうだろう。遠回しながら「同志の粛清を行った」と匂わされ、北朝鮮政府の飼い犬としてスパイ行為、誘拐拉致などの行為を行ったと断言されているのだから。さらに、彼らが日本のメディアに語ってきた数々のウソについても詳細に検証されているのだから、たまらない。
どちらの言うことが本当かは、もちろん、ボクにもわからない。しかし、本書に書かれている内容が、人間の集団を詳細に分析して説得力あることだけはたしかだ。つまり、いかにもありそうな話しなのである。
革命を夢見た大学生たちは世間知らずのまま、大望のみを持って受け入れてもらえるあてすらなかった北朝鮮へ向かう。根回しどころか、連絡すら付いていなかったのだという。子供じみた企てであったのだ。
しかし、米韓日のソウルでの作戦失敗が世界に大きく報道されたことで、北朝鮮政府はこのハイジャック事件とその犯人をプロパガンダに使うことを思い付く。
北朝鮮に受け入れられた青年たちは、北朝鮮の「領導芸術」と名付けられたマインド・コントロールにハマり、自分たちの未熟な革命思想を捨て去り、金日正絶対主義へと転向する。その過程で、転向しきれない仲間を「粛清」したかもしれない、と著者は指摘する。
このミステリーが解き明かされるのは北朝鮮、つまり朝鮮民主主義人民共和国の崩壊を待たなければならないだろう。
現時点でボクたちが受け止めるべきなのは、1970年代以降の革命思想の腐蝕と堕落が海の向こうの北朝鮮でも面白いほど同様な経過を辿っていたことではないかと思う。
日本では、同じく赤軍派から生まれた連合赤軍が悲惨な内ゲバによる粛清事件を起こした。人間的に未熟な集団が革命という空想を共有し、内圧を高めた結果、殺しあう。さらには、人間としての道徳を思想の前に無価値化し、ある特殊な思想に基づいて犯罪を犯していく。
これは、歴史的に見て目新しいとは言えないことだろう。だから、恐ろしい。コトの真相が明らかになるまで、本書は「よど号」に関する重要な文献となるだろう。その価値がある重たい本だ。
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