『永遠の仔』(上・下)
(天童荒太・幻冬舎・1800円+税、1900円+税)
幼児虐待からはじまった絶望的な悲劇
『孤独の歌声』、『家族狩り』の天童荒太の最新作。上下巻、二段組の大作である。
物語は、1979年〜80年と1997年の二つの時間、四国と神奈川の二つの場所を行き来しながら進んでいく。
双海病院は小児向けの総合病院。情緒に問題を持った少年少女を入院させていた。その第八病棟は子供たちの間で「動物園」と呼ばれていて、入院している子供たちは互いに動物の名前をもじったあだ名で呼び合っている。その名前には、子供たちが抱えている精神的な問題や行動上の注意が込められている。いわばキャラクターネーム。
その第八病棟に新しく入院した12才の優希は、入院直前に海に飛び込む。彼女を助けようとか、それともいっしょに死にたいと思ったのか、二人の少年が彼女を追って海に入る。
二人の少年はモウルとジラフと呼ばれている第八病棟の入院患者で、それぞれ幼児期からの虐待で情緒障害を起こして入院していた。海からあがった優希は、生きたいという欲求を持てないまま、双海病院から見える霊峰にのぼりたいというわずかな希望を頼りに、入院を承諾する。
やがて三人はお互いの秘密を打ち明けあい、心を通わせていくが、その友情の行き着く先は恐ろしい計画だった。
一方、現代のパートでは、退院後バラバラになっていた三人が再会するところから物語が始まる。
優希は献身的な看護婦に、モウルはやり手の弁護士に、ジラフは優秀な刑事になっていた。しかし、三人の再会は閉ざされていた過去の秘密の扉を開くきっかけになる。そして、彼らの周辺で次々に悲劇が起こる。
この小説は、幼児虐待がどのように行われ、虐待によって傷つけられた子供の心がどのように傷つくかを克明に描いている。子供の虐待と、その虐待を受けて成長した子供たちの心の暗闇を同じ重みで描こうとしている。
子供の虐待を題材にした小説は過去にもあったかもしれないし、また、犯罪者の心の問題を幼児期の虐待に結びつけて謎解きしてみせる小説もあったかもしれない。
しかし、この『永遠の仔』では幼児虐待を受けて大人になった人たちが、その幼児体験にずっと苦しめられ続け、その結果、犯罪に関わっていってしまう過程を生々しく描いている。
子供の頃のことは大人になると忘れる、または時間が解決して徐々に癒されていくものだ、と思われている。しかし、子供に対する虐待は一生モノの心の傷になるし、その傷は成長していく過程でその人の心と体をさいなむことになる。その苦しさは薄らぐことはあっても、決して忘れられないし容易に解決されるものでもない。
そのことをエンターテインメントの枠組みの中で描こうとした野心作である。
天童荒太は『深夜の歌声』で都会の孤独と、その闇の中でひっそりと呼吸する傷ついた者たちを描き、『家族狩り』では家族という絶対密室の中に起こる恐怖の物語を生み出してきた。人間の心の中と家族の中には人知れぬ秘密が潜んでおり、その秘密が恐怖の源泉となる。だから、恐ろしい。
上下巻にびっしり詰められた活字を読むのは苦痛ではない。物語はテンポよくすすみ、登場人物たちも生き生きと描かれている。しかし、それゆえに、なんとも苦しい気持ち、悲しい気持ちにさせられる小説だ。
シリアスな題材を選びながらもエンターテインメントとして充実した小説を書いてきた天童荒太だが、この小説ばかりはそのテーマの痛さが印象に残る。
それゆえ、ミステリー仕立てにしたことにはちょっと違和感があり、この小説は天童荒太の転換点となりそうな気がする。次作はもっとストレートに悲劇を描くんじゃないだろうか。そうしたら、凄い傑作になりそうな気がする……。
安易なハッピーエンドを拒絶する、現代の悲劇がこの作家の筆から生まれそうな予感がする。
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