【アルカリ】0272号
99/07/19(月)

『月のしずく』
(浅田次郎・文春文庫・514円+税)

 ちょっといい話し

 浅田次郎の小説にはあるパターンがあって、それがハマると心地よい。

 そのパターンとは
・チビ
・貧相
・ブ男
・貧乏ゆすり
・中年
 といったマイナス要素を持った男と

・20代
・美人
・ナイスバディ
・色白
 などのプラス要素を持った女の、不意の出会いと、そこから芽生える淡い心の交流である。そのささやかなふれあいは、やがて恋に発展していくにちがいない、と読者に予感させて物語の幕を閉じる。

 なるほど。

 この物語のパターンは、まさに中年のためのファンタジーだ。

 こんな不思議な出来事があったらなあ(実際にはないけど)のつるべ打ち。それがまた巧い。巧いから、するすると落ちて、あっというまに一冊読み終えてしまった。

 ウソだとわかっていても、そのウソをいかにまことしやかに描くか、その力量が問われる。

 『月のしずく』のなかに収められている短編は、どれも浅田次郎の語り口のうまさが生きている。

 とうの昔に埋め立てられてしまった海を恋うる独身の中年工員と、銀座の売れっ子ホステスの出会い(『月のしずく』)。不倫相手に誕生日の約束をすっぽかされたOLと、結婚直前でフィアンセの社内デザイナーにフラれたアパレルの営業マンが、終電の終わった甲斐中里に取り残され、お互いにウソをつきあう(『花や今宵』)。愛人だった秘書の結婚相手となるカメラマンと、少年時代を過ごした北京の裏町を歩く不動産会社社長の感傷(『瑠流想』)。若き日、パリで終わった恋を忘れられないまま優しい夫とともに歩む人生をあらためて見つめ直す主人公(『聖夜の肖像』)。自分を捨てた母に会うために、婚約者である貧相な中国人青年をともなってローマを訪ねる女性誌の副編集長(『ピエタ』)などなど。

 それぞれ、人生のある瞬間をさりげなくスナップしたようなちょっといい話である。しかも、そこには甘いファンタジーとほろ苦いロマンチシズムがある。

オンライン書店bk『月のしずく』

Copyright (C) 1999-2004 Takazawa Kenji.All right reserved.

top aboutweblogbookcinemamail

動画