【アルカリ】0214号
99/04/21(水)

『夫婦茶碗』
(町田康・新潮社・1300円+税)

 「人間の屑」の見も蓋もなさこそ

  江戸情緒を曲解したような夫婦の会話から始まる『夫婦茶碗』は、おもろうてやがてグロテスクな男の妄想物語で、滑稽譚でありながら、頭がフラフラしてくるような気色悪さが爆発している。

 要は貧乏、生活力のない男が妻と向かい合ってあれやこれやと悩み、ペンキ屋に弟子入りしてみるが長続きせず、いたずらに妄想を膨らまし、やがて、自分が夢見たメルヘン童話の主人公小熊のゾルバになり果てて、この世の地獄巡りをする、という筋立てである。

 改行のほとんどない、とぐろを巻いたような文体も新鮮で、短く挿入される「ね」や「そう」や「なにが」がリズムを刻んでいく。細々とした妄想は漱石の『それから』の神経衰弱の主人公みたいだと思った。つげ義春がマンガで書いた世界だとも。

 でも、「夫婦茶碗」という小説は少し高級すぎる。、賞をあげたり教科書に載せるには好都合かも知れないが、個人的にはもう少し見も蓋もないヤツの方が読みたいな。

 そしたら併録されている「人間の屑」。こりゃいい。なんのヒネリもない。何の想像力も働かせようがないタイトルだ。
 読み始めて驚いた。電車を乗り過ごすくらい面白いストーリーで、トレンディドラマ(死語)にするとよい、というような物語。

 親父の葬式に親戚の女子を犯して実家にいづらくなった清十郎は、東京の映画学校を出て、芝居を打つが、シロウトを集めた芝居に客が入るわけもなく、串焼きとビールとストリップで客を呼び込む。芝居の次はパンクバンド。こちらは順調にライブが人気を呼ぶが、メンバーの一人がヤバイ筋からLSDをかっぱらって、そのとばっちりを受ける。祖母が経営する小田原の温泉宿に身を隠した清十郎は東京から一泊旅行に来たギャル二人のうちの片割れと東京で同棲生活を送るが、その女の妊娠から逃げ出して、もう片方の女と実家へ駆け落ちする。

 うーん、トレンディ(どこが)。

 このあとも物語は続くんだけど、それは読んでのお楽しみと言うことで、とにかく、人間の屑である主人公の清十郎のでたらめかつ小心、誇大妄想癖と現実主義、それらのギャップのひどさが、おかしい。バンドマンとか役者とか、まあ、人間の屑であるに違いなく、その屑ぶりの爽快さ。状況を強行突破して、それが戦場であれば英雄かも知れぬが、日常生活ではただの屑だ。いらないよ、こんなやつ、である。

 しかし、とはいえ、みんなみんな生きているんだ友だちなんだ、というのがこの小説の言わんとしているところでないにしても、まア、生きるってことはこういう部分がちょっとはあるんじゃないかと思った。

 で、町田康、おもしろいじゃん。でも、これ、もうちょっと一文字当たりの単価を上げてもいいんじゃないかと思ったけど、改行なしのびっしりの文字量は作者のサービスなのかしらん。


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