【アルカリ】0206号
99/04/19(金)

『名所探訪 地図から消えた東京遺産』
(田中聡・祥伝社文庫・571円+税)

 東京の過去のカケラを追いかける

 東京ほど、この100年で大きく様変わりした都市もないだろう。比肩しうる  大都市、例えばパリ、ロンドン、ニューヨークを想起しても、それらの都市がどこも19世紀からの遺産を至る所に残したまま成熟を果たしたのに対し、東京の様変わりは恐ろしいほどだ。

 その変容のスピードと振幅の大きさは、アジアの大都市が東京を追いかけて変わりつつあることを考えると、一種のアジア的なスタイルなのかしらん、と思ったりもする。例えば上海、バンコク、クアラルンプール、シンガポール、ジャカルタの変化の早さと来たら、東京の30年を10年に圧縮したごとく、であろう。

 もっとも、東京がアジアのほかの大都市と異なるのは、近代化以前に江戸という成熟した文化都市が存在したことだ。そのシステム、習俗を破壊したうえに作られたのが東京という街で、それはあたかも地上げしたあとの更地にショッピングセンターを建設するがごとき乱暴なやり口だった。
 その後も、そうした東京スタイルとも呼ぶことが出来る都市の開発と成長が貪欲に続けられ、気が付いてみると、100年前とは似ても似つかない巨大な都市が広がっていた、ということになる。都知事戦が近づいているが、東京を治めるという仕事は、ちょっとした国家の長よりも煩雑で、かつ強力な決断力が必要とされるだろう。

 本書は近代以降、極端な変化を遂げてきた東京の失われた名所を再び訪れるという企画によって生まれた本である。著者はフリーライターで、学者が書いた本よりも読みやすいところが魅力だ。

 取り上げている名所は以下の通り。
 浅草十二階、鹿鳴館、銀座煉瓦街、築地・外国人居留地、日本橋白木屋、巣鴨プリズン、日比谷進駐軍接収施設、新宿ムーランルージュ、淀橋浄水場、麻布東京天文台、小石川養生所、谷中五重塔、小塚原刑場、小石川切支丹屋敷、本郷菊富士ホテル、田端文化村、吉原、玉の井、洲崎。
 そしてトリを飾るのはお台場。「なぜ都市博は挫折したのか」である。

 それぞれの名所がかつて輝いていた時代を知らないのに、奇妙なノスタルジーを感じるのはなぜだろう。
 東京という街は、常に変化を続け、常にどこへ向かっているのかわからない。その変化の過程で、残されていくのは伝説だけ。その物語のカケラから空想を働かせることができる街なのかもしれない。

 であればこそ、実際には経験していない古き良き東京を回顧することもできる。この本のなかに書かれた東京は一種のファンタジーなのである。パリやロンドンなどの欧州の大都市には記憶への扉となる名所旧跡を守っていくシステムが完備している。一方、東京は絶え間なく変容を続け、気がつけばすべてが真新しい。ゆえに、せめて空想の羽根を広げる楽しみがあるのだと思いたい。


オンライン書店bk1『名所探訪 地図から消えた東京遺産』

Copyright (C) 1999-2004 Takazawa Kenji.All right reserved.

top aboutweblogbookcinemamail

動画