【アルカリ】0634
02/05/30

映画『突入せよ!「あさま山荘事件」』
(2002年・日本 監督・脚本:原田眞人 撮影:阪本善尚)

 政治的背景抜きの「実録」映画に不満が残る

 1972年。香港副領事として彼の地へ赴き、最先端レベルの爆弾処理技術について情報収集をしてきた佐々淳行は、警視庁に戻ったばかり。警備局付き監察官の肩書きで、領収書の整理中だ。チラリとクラシックのコンサート・チケットの半券が顔を覗かせる。キャリア組の警察官僚とはいえ、そこらの朴念仁とは違うという印象を観客に与える。

 山深い山荘で足取りを発見された過激派は、あさま山荘に侵入し、管理人夫妻の妻を人質にとって立てこもる。

 長野県警からの警察犬ほかの物理的応援要請があった時にも、佐々一人が「機動隊を派遣しろ!」と主張する。海外の警察機構を見聞してきたエリート官僚は帰国子女風の自己主張の強さを持っている。

 その結果、その切れ者ぶりが伝説と化している後藤田警察庁長官(のち副総理)にあさま山荘事件の現場を仕切るように特命を受ける。しかし、彼の入庁年次ではアタマを取るわけには行かず、減点されたくない本流とは別の流れの年次上位者を立て、急遽、あさま山荘の事件解決に警視庁が乗り出すことになる。

 後藤田はあさま山荘事件解決に当たって佐々に厳命を下す。いわく「人質を無事に救出すること」「警察官から犠牲者を出さないこと」「火器の使用は警察庁許可事項とする」「犯人グループを生け捕りにすること」などなど。安保の熱狂は冷め、時代は内ゲバへと移行しつつあったが、依然、反体制を標榜する左翼へのシンパシーが国民に根強かった時代だ。そこで警察権力が犯人グループを殺すような事態になれば「殉教者」を作りかねない。

 しかし、この条件は武装したテロリストを制圧するにはあまりにも過酷な条件だった。銃砲店を襲った連合赤軍は1000発以上の弾薬とパイプ爆弾を抱えたまごうかたなき武装集団だったからだ。

 季節は真冬。用意した弁当も凍ってしまう。カップヌードルをすすりながら、銃声以外に応答のないあさま山荘と対峙する機動隊員たち。しかし、事件解決のオペレーションの立案、遂行を阻む本当の敵は長野県警と警視庁の縄張り意識と、武装した籠城犯制圧の経験が日本の警察に皆無だったことだ。

 かくして、10日間に及んだ「あさま山荘事件」が幕を開けた。

 『金融腐食列島 呪縛』で銀行と総会屋の悪しき「呪縛」を見事なエンターテインメント作品に仕上げた原田眞人監督の最新作である。

 『金融腐食列島 呪縛』は組織の中にありながら、そのしがらみを乗り越えて変革を志すミドルたちが主人公だったが、今回もまた「長」が付く御輿をかつぐミドルの物語になった。原田監督の演出はいつもながらきめ細かく、冒頭で紹介した佐々の「趣味」をうかがわせるようなディテールをうまく配して、物語の本筋以上に楽しませてくれる。メンツにこだわって事件解決の主導権にこだわる長野県警の中堅刑事や、キャリア組ののんびりとした間抜けぶり、例のクレーン車を操縦する地元土建屋の兄ちゃんなどが登場する。二時間を超える映画だが、飽きなかった。

 しかし、不満も残る。犯人グループを描かなかったことで、「犯人側との駆け引き」というこの種のサスペンスで一番おいしいところが失われてしまっている。また、警察内部の権力抗争まで踏み込んでいないので、主導権争いが単なる子供っぽい争いにしか見えない。そして一番の不満は主人公の佐々淳行を「ヘラクレスの選択をせざるを得ない男」(つらい選択ばかりを強いられる宿命の男)としてかっこよく描いている点だ。映画の主人公がかっこいいのは構わないが、現実味がないのは困る。人間的な弱さがあってこそ強さが引き立つのであって、この映画の佐々は単なる嫌みなスタンド・プレーヤーにしか見えない。

 警察権力が治安を乱すテロリストを制圧するというのは至極当然のことで異議をとなえるつもりはないが、それにしても、政治的背景を持ったテロリストとの対決が、あまりにも屈託なく描かれていることに違和感が残った。

 戦後の日本が抱えてきたさまざまな矛盾に対応するかたちで左翼が伸張し、ついには武装暴力集団を生みだしてしまった背景には、警察権力との闘争が常にあったはずだからだ。警察関係者が連合赤軍に対して感じている憎悪なり嫌悪感なり、あるいは「わからない」という感情で構わないから、なんらかを見せて欲しかった。それがなければ、この映画が「あさま山荘事件」である必要はなかったということになる。

 過去に『KAMIKAZE TAXI』という恐るべき傑作を作り、一作ごとにチャレンジ精神を発揮している原田眞人だけに、当方の妄想的期待に応えてくれるのではないかと思っていたので、そのぶん、残念だ。思想的なことは棚上げにしても、少なくとも、手に汗握るポリティカル・アクションを正攻法で演出してくれるのでは、と思っていたがそれもいまひとつという印象だ。事実に即すという枠組みがあるために、交通整理に手間が割かれてしまったのだろうか? ともかく、いろいろな意味で釈然としない気分の残った映画だった。残念だとしかいいようがない。


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