【アルカリ】0620
02/04/08

映画『ビューティフル・マインド』
(2001年米・監督:ロン・ハワード 脚本:アキーバ・ゴールズマン)

 天才とも狂人とも無縁の人たちによる映画

 「アカデミー賞受賞作品」に期待するほどうぶな映画ファンではないが、話のタネに見てみたいと思うのは人情だろう。褒めるにしろけなすにしろ、見てからでなければ語る資格はない。

 『ビューティフル・マインド』の世評はおおむね「いかにもアカデミー賞を獲りそうな作品」といったところか。あざとい演出は嫌いじゃない。ひねた映画ファンの涙腺を緩ませてくれるなら言うことはない。しかも、精神分裂病の数学者という設定は興味深い。天才と狂人をどう描くかに興味があった。

 映画は主人公のジョン・ナッシュ(ラッセル・クロウ)がプリンスト
ン大学の大学院に進むところからはじまる。秀才揃いの名門大学にあっ
て、ジョンは不用意な発言で座を白けさせたり、ライバルに敵意を剥き
出しにしたりとまったくの嫌われ者である。しかし、ルームメイトの
チャールズ(ポール・ベタニー)だけはジョンに酒をすすめ、自分を解
き放てと語る。
 オリジナリティのあるアイディアによる新発見をすることに取り憑かれているジョンは、大学院の授業をバカにして出席しない。その結果、希望するマサチューセッツ工科大学への進学どころか、大学院を修了することすら危うくなる。しかし、ジョンは古典経済学の祖アダム・スミスが確立した150年前の経済理論をひっくり返す「非協力ゲーム理論」を証明し、大逆転。見事に希望の教室へ進学する。

 人好きしない性格のジョンだったが、数学への天才性は東西冷戦下の国防省から注目される。ソ連の暗号文を見事に解いた彼は、やがて国家機密に属する暗号解読を任されるようになる。
 ジョンにもやがてアリシア(ジェニファー・コネリー)という恋人ができ、結婚し、子どもも生まれた。そのころから、ジョンの暗号解読の仕事が危険にさらされるようになるのだが……。

 ここまでが物語の前半部である。東西冷戦下のスパイ戦に巻き込まれた数学者の物語──いかにもハリウッド的な設定だ。そのスパイ作戦の模様も実に緊迫感溢れ、お得意のカーチェイス、銃撃戦まである。そして、暗号解読に挑むジョンは数字やアルファベットを見つめているだけでそこからキーワードが浮かび上がって来るという天才性を見事に発揮する。

 ところが、と書いてしまうとネタバレになるのでこの先は書かないが、宣伝文句をちゃんと読んでいった人にはわかる仕掛けだ。そこで、ぼくは大いにこの映画に疑問を感じた。が、しかし、その点についてはネタバレにかかるので書けない。

 さて、ここでストーリーを追うのをやめ、ぼくがこの映画が嫌いな理由を書くことにする。この映画を見たいと思っている人は読まない方がいいかもしれない。同様の理由で感動した人も。

 ぼくはひねくれた人間だが、感動実話、ヒューマンストーリーのたぐいは決して嫌いではない。映画はしょせんフィクションだから、現実にはありえないような感動的な話もあっていいと思う。しかし、この『ビューティフル・マインド』のように、無芸な映画は嫌いだ。

 このストーリーは実話に基づいているから、結論は決まっている。ノーベル賞受賞だ。しかし、ぼくにはこのノーベル賞受賞がまるで感動的ではなかった。なぜなら、ジョン・ナッシュという天才の天才たるゆえん(つまり業績)がほとんど描かれず、ジョンの狂気の根底にあるものへの探求もないからだ。だから、最後はアメリカ人の大好きな「夫婦愛」とやらが出てきて、強引に話をまとめているという印象だ。これではわざわざ数学の天才を描いた意味はない。会社を定年まで勤めて最後にお疲れさまパーティを開いてもらうストーリーと変わらない。いや、むしろ、ロン・ハワードという監督の資質を考えれば、そのような小さな物語を軽いユーモアを交えて描いた方がよほど面白かっただろう。

 ジョン・ナッシュは数学の天才という設定だが、その天才性は演出によっては描かれない。セリフで説明され、数字やアルファベットが光るだけだ(しかも、この演出はナッシュの天才性を表現した演出ではない)。一般の観客には数学のことなどわかるまい、とタカをくくったのだろうか? しかし、その一般人たちのタカのくくり方、社会の無関心こそが、ジョン・ナッシュを孤独に陥らせた原因ではなかったか。
 そして、才気の反対側にある「狂気」は描かれているか。こちらは天才を描くのよりも、より散文的で、通り一遍でしかない。まさにエピソードを重ねただけだ。
 つまり、この映画には天才も狂気も描かれていない。あるのは、事実に基づいて、それを多少誇張したエピソードがあるだけだ。一つひとつは興味深く見られるが、見終えた後の感動には結びついてくれない。

 2年連続のアカデミー賞主演男優賞を逃したラッセル・クロウは自信たっぷりの熱演ぶり。エド・ハリス、ポール・ベタニーら脇役も充実した演技を披露している。しかし、それだけに、ストーリーの平坦さと、演出のアイディアのなさは目に余る。「天才」とも「狂人」とも縁がない人たちが作った凡庸なる映画だというのがぼくの感想だ。


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