【アルカリ】0647
03/05/20

『欠陥住宅物語』
(斎藤綾子・幻冬舎・1400円+税

 「住みか」を探す旅が行き当たった災難

 本を開いて2ページ目にこんな文章がある。

「これ面白いよ。読んでごらんよ」
 最初の一冊を渡された時、私は「しまった!」と心の中で舌打ちをしたものだ。教育的指導をする男に、セックス上手はいない。男と女がいて、セックス以外のことをして何が面白いのか。喫茶店でマンガ本に読み耽るカップルを見るたびに、恋人とああいう関係にだけは絶対になるまいと己に誓っていた。


 「ポルノ小説家の斎藤綾子」はこういう人である。「性欲」をものさしにして、男との関係を見ている。正直でまっすぐだ。その分、狂気じみてもいる。この社会で正直なものいいをするということは気が狂っていることと同義だからだ。
 三十代半ばの斎藤は安定した関係を築いて久しかった男に去られ、したたかに打ちのめされる。そこに、阪神大震災、地下鉄サリン事件と不安な事件が相次いだ。信濃町のマンションに住んでいた斎藤は、創価学会村の片隅で近所の不審の目に不愉快な思いをする。学会の警備員と公安がウロウロする街は女性の一人暮らしには都合がいいが、賃貸の身では肩身が狭い。そこで、一人暮らしの中年女が安住できる場所、自分の持ち家がほしい、と思いつく。酒も飲まず、男にも貢がず、浪費癖といえばパチンコくらいの斎藤には、二千万円以上の預金があった。不動産屋をめぐり、ファックスから吐き出される不動産情報に目を通す日々が始まった。

 タイトルは「欠陥住宅物語」。となれば、その「買い物」が欠陥品だったということはすぐにわかる。しかし、その欠陥住宅が、なかなか姿を現さない。
 物語は実家を出た二十代初めまで遡る。父を早く亡くし、気の強い母親のもと、三姉妹の長女として育てられた斎藤は、妹と手を取り合って家を出るが、同居生活はすぐに破綻。練馬で一人暮らしを始める。すでにベストセラーとなった『愛より速く』を書いて作家になっていたが、印税に手を付けるのがためらわれて、依頼仕事を待つばかりの貧乏暮らし。生活のために新宿二丁目でバイトを始めると、たちまち、安アパートに男たちが押し掛けてくる。
 その後、男たちから逃げたいのと経済的な理由から再び妹と池袋で同居するが、二股をかけて、同居の妹にウソをついてもらったりと性の遍歴は続く。ようやく一人の男に相手を絞って安寧を得た埼玉県蕨。住み替えた住居の思い出と、男たちとのセックスが綴られていく。

 ふとカバーを見れば「欠陥住宅物語」というタイトル。なるほど、直接的には「欠陥住宅」を買ってしまったことが本書執筆の動機になっているのだろう。そのエピソードがクライマックスにあるのは間違いない。しかし、作者は、「欠陥住宅」に行き当たったことをきっかけに、これまで住み暮らしてきた場所へと思いを遡らせることで、自身にとっての「住みか」とは何かを探っているようである。

 母との葛藤から東京の一軒家を飛び出し、いい大人になった今でも、老いた母といっしょに暮らすことなど考えられない。男とのセックスは大好きだが、結婚など考えたくもない。そこから出た結論が自分の家だった。
 ところが、手に入れた住宅は欠陥品だった。その欠陥をめぐって、不動産屋、売り主、建設会社を訴え、争う。その過程は、作者が書いているように、まさに怒りで目から火が噴きそうなことの連続である。ささやかに生きようとしている個人など、この国ではまったく保護されないことがよくわかる。その理不尽には呆れるほかないが、当事者であればその心労はいかばかりか。本書は、その率直かつまっとうな怒りと、自身の住居遍歴を振り返ることで、ユニークな「住宅物語」になった。
 勤め人が家族のために買った住居はまっとうな人生の証のようなものだが、物書きという、いわばアウトローが自分の人生のために買いたいと願う気持ちには別の意味で切実なものがある。ことは家というモノに留まらず、文字通りの「住みか」なのだから。そして、万が一、その家が欠陥品だったら……。心に染みる、凄みのある小説である。


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