【アルカリ】0638
02/08/26

『滅びのモノクローム』
(三浦明博・講談社・1700円+税)

 フライフィッシングのメタファーが決まった乱歩賞受賞作

 広告代理店の仙台支社に勤務する日下は、散歩がてら足を向けた仙台東照宮の青空骨董市で、英ハーディー社製の古いフライフィッシング用リールを見つける。売っていたのは三十代の女で、家の蔵にあった死蔵品を売っているのだという。
 どうやら、その品の価値をわかっていない売り手から、日下はタダ同然の値段でリールを買い取ることに成功する。おまけに付けてもらった缶の中には古い16ミリフィルムが入っていた。

 ボロボロになった16ミリフィルムの1コマには、山の中の湖でルアー・フィッシングを楽しむ外国人男性の姿が写っていた。

 日下は、与党・自公党宮城県連の政党CMに、このフィルムを使うというプランを提案し、コンペに勝つ。予算を得た日下はCMオタクのデザイナー、大西にフィルムの再生を依頼するが、その大西がフィルムごと消えてしまった……。

 フィルムには何が写っているのか? そして、そのフィルムが暴き出す過去とは? 物語の背景には、国民的に人気のある首相、政党CM、停滞する経済といった、ここ数年の日本の姿が描かれている。そこには、戦争についての記憶が風化するとともに、徐々に右傾化が進む世相への警告が込められている。

 第48回江戸川乱歩賞を受賞した長篇サスペンスである。江戸川乱歩賞はミステリ、サスペンスの公募賞としてはもっとも権威ある賞だ。これまでも数々の人気作家を輩出している。今年度は330編の応募の中から、最終選考に4編が選ばれ、赤川次郎、逢坂剛、北村薫、北方謙三、宮部みゆきの各氏が最終選考委員として本作を推した。数ある小説の公募賞のなかでも受賞者の平均年齢が比較的高く、大人のためのエンターテインメント作品を志向している。

 著者は1959年宮城県生まれ。大学を卒業後、仙台の広告制作会社で働いていていた経験を持つコピーライターだという。

 公募作品にしてはよくできた小説だと思いながら最後まで読んだが、小説を読み慣れている読者にとってはやや物足りないところもある。主人公の日下の個性が掘り下げられていない点や、ヒロインの存在が軽いところ、「敵」が紋切り型の悪役になってしまっているあたりがそうだ。物語のなかで人間を動かし、個性を描き込むことは容易ではないとあらためて感じた。

 しかし、小道具の使い方の巧さは際立っている。フライフィッシングというマニアックな題材を使って、戦前の在日外国人のエピソードや、日下が謎を解くために挑んだある策略などを見事に表現して効果的である。テーマと物語と小道具が見事に重なり合って、クライマックスを盛り上げている。


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