【アルカリ】0582
01/ 05/24(木)

『ついていく父親』
(芹沢俊介・新潮社・1500円+税)


 現代の家族に枯渇している「エロス」の再生

 少年犯罪、登校拒否、引きこもり、家庭内暴力などなど、家族を「現場」にいたさまざまな問題が噴出している。

 ぼく自身の実感で言えば、価値観が多様化いている現代にあって、なぜか、家族のあるべき姿があたかも神話のように不変のものとして語られてきたことに違和感がある。

 戦前までの家父長制が壊れ、一転して戦後民主主義の風が吹いた。そこへ高度経済成長による価値観のめまぐるしい変化が拍車をかけた。結果、親と子のあいだに受け継がれるべき伝統は消え去り、連続する価値観など存在しない。それでいて、体裁だけは昔の家族と同じ。子供たちは密室のなかで外見と中味のギャップに直面しているのだ。
 
 本書は評論家、芹沢俊介による家族論集である。実際に起きた事件、芹沢自身が取材した事例、本の中の事例をあげ、現代の家族が抱えている問題と、その処方が書かれている。

 本書は三つの章から成っている。

「第1章 分解する家族」では、現代の家族のありようが多様化していることが書かれている。

 印象的なのは家族の新しいかたちを模索する人々の事例だ。離婚した二人が子育てを協力し合うという目的で交流を続けたり、子供を中心に前夫と現夫と同居する女性の例が取りあげられている。いずれも、家族の可能性はもっと豊かなものではないかというのが芹沢の指摘である。

 ぼくたちは、「普通の家族」というモデルがあって、そのモデルから逸脱することを不安に感じる。しかし、「普通」にこだわったあげく、自分たちが不幸になったら本末転倒だ。

 戦後、猛スピードで変わった日本の社会に比べて、家族だけが昔のままであろうとしている。しかし、現実に、昔のままの家族などどこにもなく、無理矢理に昔のままであろうとして、壊れていく家族がたくさんある。登校拒否、引きこもり、家庭内暴力──それらはひどいときには子殺し、親殺しになる。一家離散ならまだマシだ。壊れてもそのまま機能し続けようとする家族の方がよっぽど厄介である。

「第2章 教導する父、支配する母」では、アダルト・チルドレンたちの心の傷からさかのぼり、「普通の家族」モデルが機能しなくなった結果、どんな悲劇が生まれたかを書いている。

 そして「普通の家族」モデルの中でもとくに問題が多い「教育家族」(子供を教育することが目的化してしまった家族。学校教育を絶対視し、不登校などの逸脱に対して罪悪視する傾向がある)の問題を取りあげる。

 なかでも柳田邦男が息子を亡くした体験を描いたノンフィクション『犠牲』について厳しい分析を加えているのは興味深い。ぼく自身、『犠牲』に割り切れなさを感じていたからだ。

 芹沢は『犠牲』のなかの柳田邦男について、自分もそのような父親であったと前置きした上で「教導する父」の典型だと分析する。息子を失うという絶望的な経験をした書き手に対する厳しすぎる意見だとも言えるだろう。だからこそ、芹沢は父をA、息子をBとして、この父子関係は現代の「教育家族」に典型的なもの、と断っている。

 心を病んだ息子につき合い、献身的に面倒を見たAだったが、その姿勢は息子Bにとって「侵入的」であり、しかも「学校で勉強して、社会復帰をはたしてほしい」という教育的な願いを捨てきれなかった。ゆえに、息子Bは追いつめられたのだ、と。

 この父子の関係は特異なものではない。どこにでも見られる、ありふれたものであり、かつ「いい父親」像である。しかし、社会的にいい父親であることが子供にとっていい父親であるとはかぎらない。そして、社会が期待するいい父親とはつまり、子供を教え導く「教導する父」であるという。

「第3章 教育家族の闇から」では、1章、2章に登場する「教育家族」なる言葉について事例をあげて解説される。

 ここでメインとなるのは音羽の「春菜ちゃん殺人事件」と、元出版社勤務の父親による息子殺しである。いずれも、家族=子供が教育される場所、であることを疑いもなく受け入れ、それを実践してきた教育家族と、その周辺にある社会が引き起こした悲劇だと芹沢は指摘する。

 芹沢の分析と主張は、学校教育、社会システムへの厳しい批判にもつながる。それゆえ、すぐにでも家族の問題を解決できそうな、インスタントなエセ教養書とは一線を画している。だからこそ、評論家的だと批判する人もいるだろう。

 しかし、学校教育からドロップアウトする子供たちに「ついていく」ことが、子供たちを救うという芹沢の主張は新鮮である。そこから、本書の「ついてく父親」というタイトルが生まれた。

「ついていく」ことによって「家族のエロス」──「受け止める力」がエロスなのだと芹沢は言う──が生まれる。家族のあり方について、疑問を感じている人には刺激的な論考だ。

オンライン書店bk『ついていく父親』

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