【アルカリ】0577
01/ 05/16(水)

『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』
(中原昌也・河出文庫・450円+税)

 妄想の世界では何があってもおかしくない。いや、おかしい。

 こういう本は困る。面白いけれど、その面白さというのはとても語りにくい。どうやったらこの本の面白さが伝わるのか。どう言えばこの本を楽しめる人に、この本の面白さが伝わるのか。少なくとも、この小説を「分析」したり「解釈」したりしてみてもはじまらないような気がするのだ。

 たとえば『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』というタイトルを聞いて、好奇心を刺激される人がいると思う。好奇心? 違うか、ある嗜好性といえばいいのか。

 目次を開く。

「路傍の墓石」
「血で描かれた野獣の自画像」
「ソーシャルワーカーの誕生」
「あのつとむが死んだ」
「とびだせ、母子家庭」
「つとむよ、不良大学の扉をたたけ」
「ジェネレーション・オブ・マイアミ・サウンドマシーン」
「消費税5パーセント賛成」
「独り言は、人間をより孤独にするだけだ」
「物語終了ののち、全員病死」
「暗い廊下に鳴り響く、淋しい足音の歌」
「レインボー・ドックス──明日への挑戦状」

 本書には上記のタイトルがついた短編集が並んでいる。想像が付くだろうが、インモラルで、バカバカしく、皮肉なユーモアがあって、くだらなく、それでいてにくめない小説だ。

 暴力描写やセックスの描写は決してなまなましくはない。少なくとも扇情的でもないし、気色悪いほどリアルという書き方ではない。そうではなくて、なにか、こう、悪夢のような現実感とでもいうべきものがある。

 誰もが苛立っていて、残酷なことをしたいと願っている。そんなことは簡単だ。なぜなら、これはおはなしなんだから。妄想なんだから。そういう、途方もない自由とどうしようもない無力感みたいなものがある。その脱力感がいい。

 たとえば「つとむよ、不良大学の扉をたたけ」はこんなふうにはじま
る。

 つとむは朝、自分の店に出勤する為に、店の鍵に乗ってゆく。無論、ポケットに入るような小さな鍵ではなく、巨大な鍵の形をした車に乗るのだ。それは見た目が鍵であるだけでなく、本当に鍵の役割をしている。車庫がいわば鍵穴となり、つとむが店に到着したと同時に開店となる。

 現実が完全に歪んでる。キチガイの妄想の世界に迷い込んだようだ。つとむはスポーツ用品店をやっている。靴屋のおっさんが毎日話しに来る。おっさんは「凄い醜い顔」で「強烈に息が臭い」。そして、おっさんの下らなく下品な話しにつきあわされる。

 そしてつとむは突然、大学へ行こうと思う。で、そのためには背広が必要だということで、Jリーグを見に来た「バカ共」を皆殺しにして、その死体で背広を作る。で、どうなるか。このあと空中二回転くらいのオチがつくのだが、ここでは書かない。しかし、最後の着地点には参った。

 つとむという男、中原の中ではモデルがいるらしいが、おれもよく知っている奴にそっくりなような気がしてきた。妄想かも知れないが。

 独特の、現実がひんまがった世界だ。そういうのが好きな人が全世界にどれくらいいるかわからないが、おれはけっこう……好きみたいだ。そんな自分がちょっと嫌だが。

一言おすすめの言葉を言わせてもらえるなら、中原昌也の世界が好きな奴とはダチになれるぜ、ってことくらいだろうか。

オンライン書店bk『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』

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