【アルカリ】0570
01/ 05/07(月)

『邪魔』
(奥田英朗・講談社・1900円+税)

 ディテールを丹念に描いた群像ドラマ

 一昨年『最悪』(講談社)が注目を浴びた奥田英朗待望の新刊。
『最悪』は資金繰りに苦しむ町工場の社長と、不良少年、銀行のOLがささいなきっかけから銀行強盗事件に巻き込まれていくさまを緻密に描いた犯罪小説だった。バブル崩壊後の世相を背景に、多様化する価値観に振り回される人間たちの悲喜劇を描いて読み応えがあり、そのうえ読後感のさわやかさが印象的だった。

『最悪』に続くこの『邪魔』も読みでがある長編小説だ。『最悪』同様、一種の群像劇の体裁を取っている。そして、登場人物一人ひとりの考えていること、行動が実に腑に落ちる。リアリティがある、というよりも、この人に心当たりがある、という距離の近さだ。

 東京郊外の本城市。本城署の警部補九野は慢性的な不眠に悩まされている。7年前に妻を事故で失い、以来、心の傷が癒えないまま仕事に打ち込むことで気を紛らわしてきた。そこへ、副署長の工藤から、暴力団と癒着している刑事、花村の行動を調査報告しろという命令が下る。仲間を監視する、いやな仕事だ。そのうえ、いらついた九野は花村を尾行中に、絡んできた不良少年たちを殴り、その騒ぎがきっかけで花村に尾行がバレてしまう。花村は九野をマークし、復讐の機会を狙う。

 及川恭子は本城市に家を買ったばかりの主婦だ。子供二人の世話をしながら、家計を助けるためにスーパースマイルのパートをやっている。ある日、恭子のところに、同じスーパーの別の支店に務める女性から電話がかかってくる。スマイルのパートの待遇に不満はないか、自分たちは待遇改善を訴えて立ち上がるつもりだ、という内容だった。

 恭子の夫、及川茂則は上場を目前に控えた新興企業ハイテックスの本城支社で経理を担当している。支社で火事が起こり、建物は半焼。しかも、放火だと断定された。ハイテックスは以前、本城市の暴力団清和会とトラブルがあり、警察の強い薦めで被害届を出したことがあった。そのお礼参りではないかと推測した警察は、メンツを守るために清和会を追いつめる。しかし、第一発見者の及川茂則が捜査線上に上がり、登場人物たちの運命が複雑に絡み合い始める……。

 犯罪は人の運命を変える。ごくふつうに、まっとうに生きているつもりでも、いつ犯罪と関わり合いにならないとも限らない。そのとき、人は、どうなってしまうのか。『邪魔』を読んでいると、そんなことを考えさせられる。

 著者の奥田英朗は昭和34年生まれ。広告代理店、編集者、フリーライターを経て作家に。小説は今のところ、『ウランバーナの森』(講談社文庫)、『最悪』そして、この『邪魔』の三冊のみ。いまどき珍しい寡作だが、『最悪』と『邪魔』を読むかぎり、すみずみまで行き届いた丁寧な仕事をする作家だと思う。
 調べてみると、奥田英朗は90年に講談社から『B型陳情団』、大和書房から92年に『おれに訊くんじゃない 近そうで遠い男と女のハナシ』という二冊の本を出しているのだが、どうやらいずれもエッセイ集。特に後者は「男と女って、どうしてこんなに感じ方がちがうんだろう。永遠に解ききれないこの不思議を鋭くウォッチング。ちょっぴり辛口、なのになぜか納得の、おもしろ本音エッセイ。 」(bk1のデータベースMARKより)という内容説明になっている。男性エッセイストとして売り出していたのだろうか。ちなみに二冊とも絶版入手不可だ。

 『邪魔』は、放火事件という、重罪とはいえスケール感はあまりない犯罪がモティーフになっているが、ありふれている犯罪が波紋を広げていくさまをドミノ倒しのようにリズミカルに、スピーディーに描いている。ヤクザと警察のメンツを掛けたしのぎあい、警察内部のパワーゲーム、不況下で「生活防衛」に汲々とするサラリーマン、そしてその家族の迷走。この小説は「世間」のありさまを多角的に描きつつ、犯罪という非日常を組み込むことで、普通の人々を生き生きと描くことに成功している。平々凡々な連中が、犯罪を触媒として見る見るうちに変わっていく様子が興味深い。

 ぼくがこの小説を好きなのは、『最悪』同様、マイナス方向に人生のベクトルが進んでいき、ある瞬間で、パンと弾ける。突き抜けていく。そんなカタルシスがあるからだ。明るい話を書いてはいないのに、読後感はよい。包容力のある作家なのだと思う。


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