【アルカリ】0568
01/ 05/01(火)

『模倣犯(上)(下)』
(宮部みゆき・小学館・各1900円+税)

 宮部みゆき入魂の3551枚!

 ぶっとい本が売れている。宮部みゆきの新刊だ。「週刊ポスト」に長期連載されたものに、さらに手を加えて練り上げた入魂の1作である。なんと3551枚。

 原稿用紙で言われてもピンとこないかもしれないが、二段組で、文字ビッシリ。加えて、上巻721p、下巻701pの実物を手に取ると、その分量は圧巻だ。

 そして、二度驚かされるのは読み始めると、一気に物語に引き込まれ、これだけの量を寝食忘れて読ませてしまうという巧さである。むろん、宮部みゆきがエンターテインメント小説の手練れであることは今さら言うまでもないのだが、これだけのボリュームを、緻密な構成と奇抜なストーリー展開、生き生きとした登場人物の描写で作り上げたということに、参りましたと声を上げたくなる。大作家としての貫禄十分である。

 物語は、真一という高校生が犬の散歩の途中、公園のゴミ箱で女の腕を見つけるところから始まる。しかも、真一は、数ヶ月前家族全員を強盗に皆殺しにされたばかり。よくよく悪運を引き寄せる、と自分を呪う。しかも、彼には強盗事件のきっかけをつくったという心の傷もあった。

 女の腕は、誰のものか。行方知れずの娘たちの家族は色めき立つ。マスコミに犯行声明が届き、世間も騒然となる。しかも、孫娘鞠子が謎の失踪を遂げたばかりの豆腐店の主のところに「犯人」から電話が入る。

 「その腕は鞠子さんのものじゃないよ。でも、鞠子さんはぼくがあずかっている。その証拠を教えてあげるよ」。

 老人は犯人に誘導されるまま、約束の場所へと向かう……。

 犯人の意図は何なのか。ボイスチェインジャーを使って、被害者の家族、マスコミ、警察を翻弄する。殺された女は一人ではなく、しかも誰が殺されたかもわからない。いったい、どんなに大きなスケールの連続殺人になるのだろうと思わせておいて、あろうことか、上巻の半分、第一部が終わったところで、犯人が明らかになる!

 しかも、第二部は、いわゆる倒叙式、つまり犯人の側から犯罪の一部始終が語られ始める。そして、そのままこちらの興味と好奇心を引っ張って下巻へ!

 こう書いても何がなんだかわからないだろうが(笑)、つまり、途中で犯人が割れてもなお、そこに謎があり、先を読みたいと思わせるネタがちゃんと用意されているのだ。

 宮部みゆきはミステリからそのキャリアをスタートさせているが、その作品はSFあり時代小説ありと幅広い。それゆえか、現代小説では、とくにジャーナルなネタを使うことを意識していると感じた。時代小説という引き出しに入らないものを、現代小説で扱うのだという意志を強く感じる。

 『模倣犯』の重要なテーマは、犯罪者と被害者の相克だ。一見すると、古典的な犯罪小説のテーマのようだが、実はビビッドな問題だ。近代社会の法制度では、犯罪者の人権が認められ、被害者の「報復権」はなくなった。

 同時に、被害者と被害者の家族は、犯罪の主役を犯罪者に取って代わられてしまった。つまり、被害者は救済されず、犯罪者の人権ばかりが尊重される。

 この近代の法制度が、成熟した消費社会、個々人の自由が認められる現代社会でどのように歪んで運用されているのか。

 『模倣犯』に登場する犯人は、社会を劇場ととらえ、被害者と被害者の家族、あるいは、自分の共犯者までもをその舞台の登場人物とみなし「演出」を施そうとする。この恐ろしい感覚に妙なリアリティを感じるのがこの小説の凄さだ。

 そして、事件をテーマにルポを書くことで、ライターとしての成功を手に入れようとする女性ライターの奮闘を通して、マスコミが事件を「書く」ことの難しさを描く。週刊誌連載ながら、新聞、週刊誌についても厳しくその姿勢を問うている。

 さらにこの事件のサブストーリーとして、一家を惨殺された真一少年に、その事件の犯人(すでに刑務所にいる)の娘が押しかけてきて、「私のお父さんが減刑されるように協力して」と言い立てる。

 彼女の論理では、カネに困った父親が犯罪を犯したことにも、情状の余地がある。しかも、その事件の引き金を引いたのは、真一の何気ない一言だったのだから、あんたにも責任があるはずだ、というもの。この身勝手な理屈、読んでいて憤然としたが、この理屈に真一少年がどう立ち向かうのかも読みどころだ。

 宮部自身が生まれ育った東京下町を舞台に、きわめて現代的な犯罪を俎上に上げ、ぼくたちの社会が抱える問題点、矛盾を静かに、しかし迫力を持って描ききるその力量はさすがだ。

 最後に、一つだけ苦言を言わせてもらえば、長すぎる(笑)。この長さが本当に必
要な長さだったのか。被害者側と犯人側のストーリーの交差点で描写がダブるのだが、それが効果をあげているようには思えなかった。

 これだけの分量を破綻なく書いたということには敬意を表するが、読む側としてはもう少し端折ってもいいのではないかというのがホンネだ。それゆえ、読み終えて一仕事終えたような気分になり、この小説の本質的な魅力について印象が薄くなってしまったように感じた。


オンライン書店bk『模倣犯』(上)
オンライン書店bk『模倣犯』(下)

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