【アルカリ】0328
99/ 10/20(水)

『イベリアの雷鳴』
(逢坂剛・講談社・2200円+税)

 第二次世界大戦初期のスペインを舞台に各国スパイの暗躍を描く

 久しぶりに逢坂剛を読んだ。正月に『燃える地の果てに』(文藝春秋・2,667円+税)を読んで以来だ。『燃える地の果てに』は力のこもった大長編小説でじっくりと味わうことが出来たが、本作はどうだろう。

 プロローグは、1923年、大正末期の東京だ。二人の少年が、一人のドイツ人武官を助けるところから物語ははじまる。
 1930年代後半。舞台はベルリンへ。ここでは、ヒットラーが率いるナチスが政権を執って、電撃作戦でヨーロッパに戦火を広げている。日本の通信社の記者尾形と、スペインの記者ソトマジョルが政治談義を繰り広げる。そこに、謎めいたドイツ人武官の影がちらつく。
 そのころ、ロンドンでは英MI6の女スパイ、ヴァジニアが、来るべきドイツとの戦争に備えて海外勤務に出ようとしていた。
 同じころ、スペインに北都という名の日系ペルー人が姿を現す。彼は宝石商と名乗り、伯爵夫人に近づくが、本当の狙いは別にあるらしい。どうやら、彼の本職はスパイらしいのだ。そんな北都に、高級レストランのウェートレス、ペネロペは恋をする。
 しかし、ある日、ペネロペは自分が勤めているレストランのマネージャーが反フランコ(スペインの独裁者)の急進派であることを知ってしまう。そして、彼女もその活動に巻き込まれて行くが……。

 登場人物それぞれにいわくありげで、かつその人数も多い。
 逢坂剛の小説の常として、その登場人物の表の顔をそっくり信じてはいけないのだが、それにしても風呂敷を広げすぎ、と思ってしまった。
 この話、ちゃんと完結するのかな? と半信半疑で読んでいたら……、やっぱり、どうにも納得のいかない終わり方になっている。続編を出すつもりなのだろうか。

 逢坂剛の小説群はおおよそ三つのモティーフに大別できるようだ。

 一つは『百舌の叫ぶ夜』にはじまるスパイもの、公安モノ。これは日本の公安警察と北朝鮮のスパイの暗闘を描いたものだ。
 二つ目は、『さまよえる脳髄』を代表とするサイコサスペンスにも優れた作品がある。異常心理や、テロリズムに対する関心から生まれたもののようだ。
 そして三つ目がスペインものだ。直木賞受賞作の『カディスの赤い星』をはじめ、近作の『燃える地の果てに』や本作に至るまで、逢坂剛のスペインに対する関心は薄れる気配がない。スペイン現代史を研究し、フラメンコギターを習うのが若い頃からの趣味だったらしいから、いわばライフ・ワーク。事実、逢坂剛が描くスペインやスペイン人、スペイン料理は実に魅力的で、ストーリーそっちのけで楽しめるのは確かだ。

 『イベリアの雷鳴』も、第二次世界大戦の勃発時に、スペインがどのような状況にあったかを教えてくれる。ヨーロッパの戦争についての知識を深めるという点では面白い本だ。
 ぼくたちには、スパイとう存在自体がどうもピンと来なくなりつつあるが、北朝鮮を持ち出すまでもなく、国同士の情報戦は今も昔もシビアである。
 スパイの暗躍は決して現代史の表には出てこないが、そこに種々の情報戦史があったことは想像に難くない。歴史的な事実に、想像をふくらましたフィクションだからこそ、わかりやすく語ることができるという利点もあり、小説だから書ける世界だとも思う。

 しかし、『イベリアの雷鳴』は、残念ながら小説としての出来は今一つ。逢坂ファンにはものたりないだろう。登場人物が多彩なわりに人物があまり描かれず、コクがない。逢坂ファンとしては、もうちょっと微に入り細にうがったスペインものをお腹が一杯になるくらい読ませていただきたい。ちょうどスペイン料理のように。


オンライン書店bk1『イベリアの雷鳴』

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