『アジア・旅の五十音』
(前川健一・講談社文庫・724円+税)
ヘンクツな旅人のショートエッセイ集
新刊が待ちどおしい書き手の一人である。
しばらく本が出ないなアと思っていたら二冊同時に出た。両方とももう買ったけど、もったいなくて一気に読む気がせず、とりあえず軽めの一冊を先に読んで、もう一冊はこの連休にでも読もうと思っている。
『アジア・旅の五十音』はヘンテコな本だ。「あ」から「ん」まであって、「あいさつ」「飽きる」「朝」「朝めし」「アザーン」「アジア」「汗」……と続いていく。それぞれの項目は、アフォリズムのような短い文章が続くものがあったり、数ページ続くエッセイがあったりとさまざまだが、貧乏旅行者の気まぐれな散歩のようにゆったりとした調子だけは変わらない。
前川健一は、高校を出たあと大学へは行かず、日本でアルバイトをしては世界中を旅行し、そのうち食文化に興味を持ってしばらく日本の中華料理店で中華鍋をふるっていたが、また旅に出るようになり、やがて旅や食文化についての文章を書くようになったというライターだ。70年代には旅に出ているからけっこうな歳のベテランの旅人で、いわゆる貧乏旅行者のはしりのような人だ。
で、相当にヘンクツなやつ、だと思う。自分より若い奴にはきっとかなりイジワルだ。自省がないわけではなく、むしろセンチメンタルな情緒を恥ずかしそうに押し出してくるときもあるけど、たいていはとりつくしまもなくバサっとほかの旅行者を切り捨てる。その筆法はよく切れすぎる包丁みたいで、時にイヤミだけど、まア、一面の真実をついていなくはない。例えばこんな調子である。
「同じアジアに住む人たちと仲良くしよう」とか、「隣人である韓国とは仲良くしなければいけない」などと言いたがる人は多いけれど、自宅近くの人たちとは仲良くつき合っているのだろうか。とくに、大学生諸君。
ヤなやつでしょ。
本書はこれまでの著書にも見えかくれしていた前川健一のヘソマガリ、口の悪さ、イジワルさが全面展開している。だから、いわゆる「アジア好き」とかふつうの旅行好きの人たちが読むと、刺激が強すぎて気分が悪くなりそうだ。
じゃあ、ボクの感想はどうかというと、コレって心当たりあるかも〜みたいな共感できる文章がけっこう見つかって、自分の性格の悪さを突きつけられているようでヤな気分になった(笑)。
前川健一の真骨頂は、彼がライフ・ワークにしている東南アジア(とくにタイ)の食文化についての文章にある。これらは『東南アジアの日常茶飯』、『タイの日常茶飯』(ともに弘文堂)という不朽の名作に結実している。この二冊は東南アジアの食生活に興味のある人にとっての古典的な本。内容が充実している上に学者が書くような硬い文章ではなく、わかりやすく時にユーモアをまじえて書かれているのでおすすめだ。
また、近年はタイに拠点を定め、マイペースで個人的な「研究」を続けている。バンコクのナゾをコツコツと調べた『バンコクの好奇心』(めこん)はバンコクについての雑学の本であると同時に比較文化のユニークなノンフィクションになっている。
上記の本は東南アジアに関心がある人すべてに勧められる。しかし本書はヘンクツな一人旅を続けるオジサンの独り言のような部分が多々あり、万人にはすすめがたい(笑)。じゃあ、つまらないかというと、そんなことはなく、あっという間に読み終えてしまう読みやすい本であり、凡百の旅行エッセイとは比較にならない面白さだ。
ただ、性格が悪い、のがタマに傷なんである。
オンライン書店bk『アジア・旅の五十音』
|