【アルカリ】0299号
99/ 08/26(木)

『プライバシー・クライシス』
(斎藤貴男・文春新書・720円+税)

 管理社会はますます進む。それでいいのかよ?

 国民総背番号制ってかなりイヤ〜な言葉だ。
 でも、社会人になる前に感じていた嫌悪感がだいぶ薄れていることに、本書を読んで気付かされた。

 というのは、本書でも指摘があるが、国民総背番号制って、気付かないうちに実施されてるんじゃないの? っていうくらい、すでに管理されてしまっているのではないかと思う。

 学生の頃には感じなかった社会の管理の仕組みは、社会に出るとはっきりとわかる。個人の情報が会社に帰属し、会社が情報を国家に提供すれば、日本全国のサラリーマン(いまや給与所得者は労働人口の8割を占めるらしい)の個人情報は容易に管理される。

 国家が管理する必要はなく、どこに個人情報があるかはっきりしていれば、すぐに調査が可能だ。警察権力の調査能力をもってすれば、一般人の個人生活なんて丸裸だ。今さら国民に番号をふることに異議を唱えてもはじまらない、という気がしてくる。

 本書は、言葉としては少々古めかしくなってしまった国民総背番号制が、徐々にだが確実に世論として受け入れられつつある現状に危機感を感じたジャーナリストが書いた警告の書である。

 本書によれば、国民総背番号制は、脱税の防止を目的にカネの動きを完全に捕捉するという名目で導入されるという。サラリーマンが税金を勝手に持って行かれている状況に対し、個人事業主は税金をごまかしているんじゃないかというサラリーマンたちのウラミパワーを味方に付けて、番号をふっちゃおうというわけ。

 でも、冷静になって考えてみれば、そもそも多めに税金取って年末調整っていう日本的システムの方に怒りを感じるべきなんだけど、まあ、管理社会ニッポンの経済兵士のつらいところで、お上に文句は付けられない。むしろ、せんめつすべきは身近な敵、ということになる。

 で、カネの流れを完全に把握されたら、次は個人の履歴。これは、例えば、病歴なんかをカードに入れちゃう。そうすれば、どこで倒れても入院してもオッケー。でも、当然だけど、就職その他で差別されること請け合いだ。

 それから、防犯。いま、すでに警察権力の方々の調査能力というのはかなりすごいと思うんだけど、番号をふって管理すれば、誰がオウムかはっきりとわかる(笑)。で、社会全体からはじけちゃう。

 つまり、個人の自由なんかないけど、お互いにウソがなく、まっとうに生きている人は何も恐れることはないシステムとして、国民総背番号制が徐々に受け入れられそうな気配なのだ。

 あ、そうそう、行政側から見れば、これは行革の要になる。個人情報の一元化による効率化ってやつだ。アメリカではすでに一部でやってるらしいけど、例えば税金を滞納している人には公共サービスを制限する、とかさりげない懲罰もできる。

 つまり、個人が何やってるかわかるし、それをもとに、その人のウィークポイントを突くことができるというわけである。えげつなー。

 しかし、まあ、なんとなく、そういうことになっていくのかな、と思えてしまう。ジョージ・オーエルの『1984』に描かれていたような管理社会はすごくSFチックに感じられたけど、よく考えてみると、とっくに日本では実現しているかも。

 その管理社会の総仕上げが背番号制なんだよね。やれやれ。

 でも、日本人は管理され好きだし、管理されていると落ち着くというか安心できるという人が案外多いのではないだろうか? だから、本書も、ジャーナリストというフリーランスの人間からの反対の声で、サラリーマンの視点から見ればべつにいいじゃんってことなのかも。それがちょっと怖い。

 管理されて飼い慣らされて、まいっか。

 これってあまりにも今の日本人だよなあ。

 で、本書の最後は犬にマイクロチップスを埋め込む話で終わる。これは、飼い主が犬の健康状態を知ったり、迷子になったとき、また、途中で飼い主が犬を捨てたときなどのためのもの。で、「犬を管理してあげるのも愛情」なんだって。

 で、本書の最後には

「このままでは日本人は犬にされてしまう」とあるが、

 もう十分、犬だって(笑)。


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