【アルカリ】0295号
99/ 08/20(金)

『食は東南アジアにあり』
(星野龍夫、森枝卓士・筑摩書房・1000円+税)

 やっぱり、人肉も食べていたんだろうなあ

 旅の大きな楽しみの一つが食事である。ぼくも旅をするようになってからずいぶん食いしんぼうになった。はじめての行き先が東南アジアだったのが決定的だった。

 なにしろ、もう10年も前のことになってしまったので、すでに昔話だけど、そのころは日本で東南アジアのイメージといえば買春ツアー。タイ料理やを街で見かけることもあまりなかったし、もちろん、食べに行くこともポピュラーではなかった。

 ぼく自身も、タイでの国内ツアーに混ぜてもらうことになっていた大学のタイ研究会のお兄さんたちに連れられて旅行前にはじめてカンボジア料理を食べに行ったのが最初。カレーと違う辛い料理がこんなにいろいろあるとはおもわなかったけど、すごくおいしいと思った。

 タイに行って、すごく辛い&旨いというカルチャーショックに遭遇。マレー半島を南下してインドネシアを一回りしてタイに戻った。その三ヶ月間、一度も日本食を恋しいと思わなかった。

 そのとき思ったのは「オレって食べ物に順応性あるじゃん!」という、実にどうでもいい自信だったのだが、その自信は翌年のインド方面への旅でもろくも崩れさることになる。

 東南アジアはどこへ行ってもうまいものがたくさんあった。世界でも稀にみる食の充実した地域だったということなのである。だから、以来、食は東南アジアにあり、と思っていたら、この10年ですさまじい勢いで東南アジアの料理が日本でポピュラーになっていった。

 本書はタイ語の翻訳家の草分けであり、東南アジアの文化について詳しい星野龍夫と、広くアジアの食文化をレポートしているフォト・ジャーナリスト森枝卓士の共著である。前半は星野による東南アジアの食文化についての研究論文的なエッセイ。後半は森枝による「日本で作る東南アジア料理」のレシピ集である。

 東南アジア料理を日本に紹介してきたパイオニアたちの本だから、内容は少し高度。少なくとも、東南アジアに旅行したことがあったり、タイ料理のみならず、ベトナム、マレー、インドネシアなどの各国料理を好んで食べる人が読んだ方がいい本だと思う。

 というのは、食べ物ばかりは見て食べてみないとわからないということがある。たとえば、ぼくはずっとタマリンドというすっぱい実のようなもののことが気になっていて(トムヤムクンやタイカレーに入ってるやつね)、そのタマリンドの下拵えやどんな料理に使われているかを読むのは面白かったけど、タマリンドを知らなければよくわからないかもしれない。だから、本書を読むなら、まず、東南アジアの各国料理店を一通り回ってみるといい。夏休みの自由研究って感じ?

 星野龍夫のエッセイでは、北から中国料理、西からインド料理の影響が強いとされる東南アジア料理について、あらためてそのオリジナリティを追求する箇所が面白かった。ぼくが旅をした経験でも、二つの巨大な文化圏の影響は見て取れたし、とくに中国の影響は華僑が土着化する過程でかなり強烈に東南アジアの食文化を変えてきている。

 しかし、星野によれば中国の影響やインドの影響とはいい切れない、本来インドシナ半島以南にあったと考えられる食文化がまだはっきりと残されているという。たとえば、サラダ。タイのヤム・ヌア(牛肉サラダ)やベトナム料理に必ず添えられる大量の野菜(日本のベトナム料理店ではそうではないけど)のように、東南アジアでは広く野菜の生食をするが、中国料理では野菜の生食はしない。

 また、インドの影響かと思われるカレー類に関しても、そのスパイスの内容はずいぶん違うのだそうだ。とくにタイ人が大好きなプリック・キーヌー(鷹の爪トウガラシ)なんかはあそこらへんに特有のもので、タイ人は昔、旅をするときには必ずポケットやカバンの中にプリック・キーヌーを持っていた、とか。

 あと、東南アジアに広く伝わるなれずしや、まなす、それから塩辛(!)。この本ではじめて知ったけど、いわゆる魚醤(ナン・プラーとかニョク・マム。日本ではショッツル)がない場合は、代わりに塩辛でいいんだって。ようするに、あの「旨味」を料理に取り入れたいということらしい。

 そして、星野の筆は「人肉食についても研究すべし。平和的な研究ばかりが多すぎる」というヤバい発言(笑)を含みつつ、東南アジアの食文化をぶらぶらと紹介してくれる。

 一方、森枝の方は「えー、こんなの日本で作れるの??」と思ってた料理の作り方が紹介されていて、どなたかお試し下さいって感じ。だって、ミャンマーのラーメン「モヒンガー」なんかが紹介してあるんだもん(笑)。

 あの、ドロドロした魚入りココナッツミルクカレーラーメン「モヒンガー」(名前が気に入っている)は、魚を三枚におろして、アタマもシッポも全部入れて、魚醤や、蝦醤やニンイク、ショウガ、ターメリック、レモングラス、ココナッツミルク、野菜をどんどん入れていくとゆーラーメン。あのへーんな味が再現できるのかなあ。

 というわけで、料理について書いていくと終わらなくなってしまいますね。ハイ(笑)。


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