【アルカリ】0289号
99/ 08/12(木)

『レクイエム』
(篠田節子・文藝春秋・1619円+税)

 余韻を楽しみたいホラー小説集

 『カノン』、『聖域』、『女たちのジハード』と読みすすめてきた篠田節子なんだけど、これは短編集(『女たちのジハード』は連作)。
 とはいえ、よくある近作を集めた短編集というのとはちょっと違って、収録された5編には仕切が設けられて構造的な読み方ができるようにあつらえてある。篠田節子は音楽に造詣が深いようなので、クラシック音楽の作曲法を意識したような構成がアイディアのもとにあるのかもしれない。

 ジャンルミックス的というか、ある特定のジャンル小説だと思って読むと、それにおさまりきれないスケールに広がっている篠田ワールドだが、本書はいわゆるホラー小説という体裁を取っている。

 いま、ホラー小説には若いジャンルであるがゆえの熱気がみなぎっているが、その熱気の源は、「恐怖を描く」という枠組み以外は自由であるというゆるさにあると思っている。ようするに、怖い小説ならホラー、とうわけで、その恐怖の源泉をどこに見つけるかが作者の腕の見せ所である。

 最初の一編、『彼岸の風景』は夫を失った妻が見た、「あの世」と「この世」の境界線。『聖域』でも描かれた超自然的な心象風景をあざやかに描いている。本書のイントロダクションである。

 次の二編には「時の迷路」という扉ページが付く。

『ニライカナイ』は、紀伊半島の海岸で宝船を目撃し、平凡なOLから会社社長に成り上がりバブルを体験する女の怪異談。現代の民話といったタッチで描かれた作品。
『コヨーテは月に落ちる』は中央官庁につとめるハイミスが、青春時代にネイティブ・アメリカンのフィールド・ワーク中に見たコヨーテの姿を有楽町で目撃し、その姿を追いかけるうちに奇妙なマンションに閉じこめられる。二編に共通するのは、人生の時間と、人間の意識のズレが生み出す恐怖である。その迷宮に迷い込んだら、最後は死が訪れるまで待つしかないのか。

 その次の二編は『帰還兵の休日』と『コンクリートの巣』。「都市に棲む魔」とある。

『帰還兵の休日』はバブルを駆け抜けて、一度は大金をつかんだ住宅販売会社の営業マンが、河原にビニルシートでささやかな家を建てて暮らす老婆たちと出会う物語。彼女たちが語る華やかな人生の記憶と、男のバブルの残像が重なり合う。この短編集の中ではインターミッションのような役割を持っている、ちょっとイイ話し系の短編だ。

 一転して『コンクリートの巣』は怖い。こちらは日常的な恐怖。一種の鬼子母神ものという系統がホラーにはあると思うのだが、その一編。中央官庁のキャリア組のハイミスが主人公で、格安の公団に入居する。彼女の階下には童顔の水商売の母親と、母親そっくりの三姉妹が住んでいる。その家では次女が虐待されている様子なのだが、母親も、娘たちもその事実を認めない。母親の愛情と憎悪、その母親に依存していくことしかできない子供の歪んだ姿が見事に描かれている。

 最後の一編は「レクイエム」。「そして光へ」という扉が立つ。大教団の幹部として信仰にその一生を捧げた男が戦争中のニューギニアで体験したこの世ならざる地獄。南方のジャングルでのいわゆる「人肉食い」の話かと思わせておいて、もっと恐ろしい物語が現れる。しかし、「そして光へ」という扉の言葉が示すように、読後感には救いがある。しかし、この小説に書かれたようなことって、本当にあったのか。それとも、作者の想像だろうか?


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