『メコン』
(石井米雄、横山良一 めこん 2800円+税)
インドシナ半島の大河を文章とビジュアルで描く
東南アジア、とりわけタイを中心とした稲作文化を専攻する学者石井米雄によるメコン河紀行+東南アジアを写真に撮り続けている写真家横山良一のカラー写真集。学者は、メコン河の歴史的文化的な意味を説き、写真家は上流から下流へのメコンの変わりゆく姿を叙情的に描く。
右開きで紀行文。左開きで写真集。それぞれ独立していて、旅をともにしているというわけでもなく、たまたま隣り合わせた旅人同士、という風情の本である。そのへんがちょっとユニーク。
めこんという出版社は、アジア関係の本を専門に出している出版社。装丁がアカぬけていて、お硬い学術書でもちょっと読んでみたくなる。硬いばかりでなく、雑学的な要素を文化人類学的に解読してみたりといった面白い本まで幅広く、その姿勢がけっこう好きだ。
はじめてメコン河を見たとき、その広々としたコヒー色の流れと、その対岸に見えるジャングル、そして、その奥にわずかながら垣間み得る街の様子がとても遠く見えた。
そこはタイのノンカイという街で、メコン河の対岸はラオスのビエンチャンである。10年前、ラオスはタイに対して陸路の国境を開いていなかったし、観光客が訪れることもままならないガチガチの社会主義国だった。そのとき、メコン河が国境線の意味を持つということがとても重たく感じられた。日本という島国にいると国境線は見えない。
石井米雄によれば、メコン河によって引かれた国境線はインドシナ三国がフランスの植民地になったときにはじまったもので、それまではメコンを挟んで文化が共有されていたという。
例えば、東北タイはラオス人とクメール(カンボジア)人たちが、それぞれの文化を根付かせている。そこでは、河はサカナを捕るる漁場であり、潅漑用水を引く生命線であり、交通機関でもある。そこで文化や文明が築かれてきたというわけである。
メコン河を遡る旅で、石井米雄はラオス、カンボジアの歴史を遡り、とりわけクメール人が出現させたアンコール文明について書いている。アンコール文明が花開いたとき、メコン河は海上への交易路だった。朱印船貿易時代の日本人も200人近くアンコールに住み着いた。なかには祇園精舎をアンコール・
ワットと信じていた者もいたという。
はじめてメコン河を見たあのとき、渡れそうで渡れなかった対岸の街のことをときどき考えることがあった。
近いうちにしばらくぶりに東南アジアへ行こうと思っているのは、メコン河を渡ることができるからだ。あのとき、対岸にチラチラと見えたラオス人たちの暮らしがどんなものなのか。ぼくにとってのメコン河の存在は、空想上の彼岸を作り出しているもの、である。
オーストラリアの協力でできたというフレンドシップ・ブリッジができて、タイとラオスの行き来は活発になるばかりのようだ。ベトナム、カンボジアも漸次的に陸路の国境をオープンしているみたいだし、これからメコンの新時代がやってくるのかもしれない。
母なるメコンの恵みがインドシナ半島にもたらしたものをこの目でぜひ見たい、と思っている。
オンライン書店bk『メコン』
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