【アルカリ】0282号
99/08/03(火)

『聖域』
(篠田節子・講談社文庫・638円+消費税)

 この世とあの世の境界にたたずむ作家と、編集者の執念

 『カノン』で瞠目させられた篠田節子の小説を続けて。
 今度は、文芸誌の編集者が主人公。失踪した女流作家の足跡を追うストーリーだ。テンポがいい。文章もさることながら、ストーリー展開のキレ味がいい。

 大手出版社山稜出版の文芸部門を志望して入社した実藤は、週刊誌を経て希望通り伝統ある文芸誌「山稜」に配属が決まる。しかし、売れなくなった文芸誌は季刊誌に格下げされたばかりで、削減された編集部の士気は上がらない。実藤のところに回ってくる小説のどれもこれもつまらなく、文芸誌の編集への意欲を萎えさせることばかりだ。

 しかし、季刊化に反対して退職した篠原が残していった荷物の中に『聖域』というタイトルの風変わりな小説原稿を見つける。東北に仏教伝導のために移り住んだ若きエリート僧が、蝦夷人とその信仰と出会い、奇妙な体験に遭遇する伝奇的な小説で、不思議な魅力にあふれていた。

 未完のまま終わっている原稿を手に、篠原を訪ねた実藤は、この作者に近寄るとロクなことにはならないと言い残し、完結させるために作者に会いたいという実藤を拒否する。独自に調査をはじめた実藤の前に、東北に根を張りつつある新興宗教が浮かび上がってくる。

 水名川泉という女流作家を追う実藤の執念は、編集者としての功名心や野心から、いつしか逸脱し、もっと個人的な欲求に移行していく。その理由は、水名川には特異な才能があり、その才能は東北に伝わるイタコのような「霊下ろし」であったから。

 死人の魂を現実の世界に引き寄せ、会わせることが出来るという技術である。実藤は「山稜」に異動する前に仕事でつきあいのあった女性ライターを事故で失っている。その女性への淡い恋心が、水名川と出会うことによって、霊界との接点を得てしまう。

 ありがちな物語を想定するなら、死んだ女性とのラブストーリーになったり、テーマになっている未完の小説をなぞるような「ミイラ取りがミイラになる」ストーリーがすぐに思い浮かぶ。ところが、篠田節子は、そうした予定調和かつわかりやすい物語の構造をあっさりと破棄し、実藤が水名川を追うという縦糸のストーリーに、いくつものサブストーリーを配し、あたかも華麗なタペストリーを織りあげるように小説を書いていく。

 書いていく、と表現するのは、この人の小説というのは、いかにもバリバリと音が聞こえてくるようなスピード感を持って書かれているからだ。まるで、読者は、作家の原稿が目の前で書かれているかのような奇妙な臨場感を味わうだろう。

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