『孤独の歌声』
(天童荒太・新潮文庫・514円+税)
絶対的な孤独の恐怖を描くサイコスリラー
気になっているのに、なぜか手が伸びない作家がいる。本屋で手にとって冒頭の数ページを読み、面白そうだという予感はあるのに、レジに持っていかせるもう一押しが足りない。その本の魅力云々というよりもタイミングかなと思うけれど、一度そのタイミングを外すとなかなか手が出ないのである。
『孤独の歌声』の著者天童荒太もそうだった。『家族狩り』が平積みになっているのを見て、そのタイトル、分厚いボリューム、二段組、ああ、オレ好みだなあと思ったけど、なんとなく手が伸びずそのままになってしまった。そして、いま『永遠の仔』が上下巻で本屋に並んでいる。乗り遅れてしまった感があって、手が伸びなかった。
そこへ、偶然、読者のFさんから天童荒太が面白いというメールをいただいいて、いいきっかけかもと思って読むことにした。
『孤独の歌声』は高村薫や宮部みゆきを輩出した日本推理サスペンス大賞の優秀作を受賞した、天童荒太のサスペンス分野での処女作である。サスペンスの分野で、と断りが入るのはそれまでにも小説をいくつか書いているからだ。また、林海象プロデュースの『アジアン・ビート』の原案・脚本にも参加している。
東京。体中を無数の切り傷、刺し傷で痛めつけられた女性の死体が次々に発見される。被害者の女性はみな1カ月近く監禁され、じわじわと身体を傷つけられ恐怖にさらされたうえで息を引き取ったと推測される。
このサイコ事件に、人間関係は不器用だが荒削りな才能を持ったミュージシャン志望の少年と、少女時代の心の傷を癒せないまま刑事という職業を選び犯罪に対峙しようとする刑事たちが絡んでくる。
誘拐・監禁・殺害された女性たちの共通点は、一人暮らしだったこと。犯人はコンビニで女性に目星をつけ、尾行し、誘拐する。24時間体制の大都市特有の犯罪だ。その歪んだ犯罪に、やはり精神的に不安定な刑事と少年が巻き込まれていく。その設定が面白い。
女刑事は、中学生の時に、友人を目の前で誘拐されたという事件に遭遇し自責の念から逃れられない。友人を探し出すということと、目の前の犯罪を解決するということを混同し、暴走する。
一方、高校を中退して東京に出てきた少年は孤独のうちに自分の音楽を見つけようともがいている。結果として少年には友人と呼べる存在もなく、深夜のコンビニで黙々と仕事を続けている。その少年が、コンビニ強盗をきっかけに他者と関わりを持っていこうとする。
二人とも、孤独の中に生きている。そのことは苦痛ではない。しかし、社会での生きづらさがその根底にあることに気付いていない。彼らは孤独を愛していると自覚しているが、実は孤独でなくなることの無防備さに怯えているのである。
その傷つきやすくナイーブな心が、歪曲され、拡大されたとき、サイコ殺人
者になる。その両者の危うい精神に迫ろうとしたのが本書である。
本書は映画『羊たちの沈黙』や、サイコスリラーの要素を巧みに盛り込み、ハリウッドエンターテインメント的な物語世界を構築している。そのテクニックはまだ荒削りだが、ぼくたちが暮らしている社会のある部分をつかまえている、と感じた。そのリアリティーが凡百のサイコスリラーと一線を画しているところだろう。
オンライン書店bk『孤独の歌声』
|