【アルカリ】0255号
99/06/24(木)

『心をあやつる男たち』
(福本博文・文春文庫・571円+税)

 ココロ・ビジネスの正体

 一時期、スパルタ式の社員研修が話題になった。富士のすそ野の合宿所に缶詰にされて、精神的、肉体的にぎりぎりのところまで追いつめる。その内容の激烈さが報道されたのだ。

 しかし、その研修内容はスパルタ式などという単純ものではなかった。その内実を描いたのが本書だ。

 昭和37年に日本に導入されたST(感受性訓練)と呼ばれる自己啓発訓練法が、どのような問題をはらみながらビジネスマン向けに改良されていったのか。さらに、やがてこの訓練が例の自己啓発セミナーにまでつながっていくまでを一本の線に繋げて見せるノンフィクション。

 STはもともとアメリカで大流行したセミナーだった。
 トレーナーが「いま、ここ」での感情を言葉にしろ! と追いつめていったり、参加者同士がお互いの印象を語り合ったりというようなプログラムを集中的にやる。2週間くらい合宿所に詰めて徹底的に。

 そこでは、個人個人の感情が裸にされ、お互い深く自分と相手のことがわかり、生きることに積極的な意味を見いだすことが出来る。それが流行した理由だった。

 日本に紹介したのは立教大学の研究グループ。当初はキリスト教の伝道のための一手法として導入された。

 日本人は外国のものを日本流にアレンジして摂取することが上手いと言われる。STもビジネスマンの研修目的に作り替えられてから流行した。イケイケドンドンの高度経済成長期にぴったりの人間像を育成するためにSTが大いに活用された。

 日本流STを推進した1人が堀田という男だ。

 九州の貧しい家庭に育った彼は戦争体験を経て、銀行マンとして活躍した後、社員研修の担当となり、STと出会う。そこですさまじい至高体験を受けた彼は、STによって得られるものが仏教で言う「悟り」に近いものではないかと直感し、自分流にSTを極めていく。

 トレーナーとしての天才的な手腕を持っていた堀田だったが、STによって精神病が発症し自殺する者や、暴力によって大ケガをする者が次々とあらわれる。

 参加者に至高体験を味あわせるためには強引な手法が取られたからだ。

 参加者を罵倒し、殴り倒し、逃げ出そうとした参加者を追いかけ連れ戻し、さらに暴力を振るうという徹底的な追いつめ方だった。

 おそろしいのは、犠牲者が現れてからも、企業が研修を求めたことだ。堀田流のSTセミナーの人気が落ちたのは、その暴力性を企業が敬遠したからではなく、時代の趨勢としてモーレツ社員が必要なくなったからに過ぎない。

 STとは、自分の生きる価値みたいなものを見い出させるセミナーだ。しかし、その価値は一個人の価値ではなく社命によって研修で見つけさせるものなのだ。

 その結果、「いま、ここ」で企業とつながってる自分を再認識し、会社との一体感を至高体験として感じるわけだ。

 ところが、会社の方で、そういう忠誠心を必要としなくなってしまった。ダメなやつは辞めていいよってことになったわけだ。

 企業のニーズが衰えると同時に、個人向けの自己啓発セミナーが大流行することになる。皮肉な話である。

 しかも、企業がスポンサーだったSTに比べて、個人相手のセミナーはそのやり口もズサンだ。オートメーションで「感動」を売っていく。そして、のめり込んでいく人も、セミナーから日常生活に戻れば、やがてはその効用が消えてしまうっていうのがミソ。

 インスタントに得られる感動は、たいていの場合、すぐに効力を失う。そして、その体験をもう一度、とセミナーに依存していく。結果として数百万円の大金をセミナーにつっこんでいた、なんてことになってしまうのだ。

 人の心がカネになる。その現実を暴露した緻密なルポルタージュ。

オンライン書店bk『心をあやつる男たち』

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