【アルカリ】0245号
99/06/10(木)

『福田和子はなぜ男を魅了するのか』
(松田美智子・幻冬舎・2000円+税)

 時効寸前に捕まった殺人犯の逃亡生活のすべて

 時効寸前に逮捕された殺人犯の生い立ち、犯罪、そして逮捕から求刑までを詳細に綴ったノンフィクション。著者の松田美智子は週刊誌や雑誌の取材仕事として福田和子の足跡を追ってきた。その集大成がこの本だ。

 まず、タイトルがいい。福田和子が15年近く逃げ続けられた理由は、彼女に水商売の才能があり、ホステスとして生きることが出来たから。しかも、金銭的援助をしてくれる男性をつかまえもし、一度などは逃亡中に老舗の菓子店に内縁の妻として入り、店を切り盛りしていた。
 でも、手配写真の福田和子はただの中年女だ。この女がなぜ? という印象を持った人はきっと多い。そこで、このタイトルだ。

 中味は綿密な取材によるオーソドックスなルポる。福田和子の人生と逃亡・逮捕までが前半の第一部「愛人」だ。そして、逮捕後の公判の傍聴記が第二部「破綻」。

 松田美智子の文章はちょっと硬く、遊びがない。そのぶんスピーディーで読みやすいが、物足りなさも残る。情緒に流されまいとしているのか、それとも、そもそもそういう人なのか。福田和子を追う著者の姿がなぜか像を結ばない。第一部の「愛人」では、福田和子の半生を時系列を追って物語風に描いているだけに、著者と福田の距離が離れずぎてしまって、どこ隔靴掻痒だ。

 しかし、第二部の傍聴記では不意をつくように、著者の福田への怒りが飛び出してくる。ここからがおもしろい! 傍聴席に座った著者は、証言台に立った福田の証言が、巧みに「女」を使った自己弁護に終始し、ついぞ被害者の安岡さんとその遺族への心からの謝罪がないことに激しい怒りを感じている。その怒りが福田和子の証言のなかのウソに向けられる。著者は、この怒りを原動力にして詳細な取材を続けてきたんだな、と思った。その正義感は、ちょっとアナクロなくらいだが、なぜか新鮮に感じた。

 著者は何年かの間、頭の片隅に福田和子のことをずっと置いて過ごしていたに違いない。そういう生活をしていると、だんだん福田和子に同調してくる自分がいるんだと思う。著者は本の最後の方で、そのことをチラっともらしているが、それでも、福田に対して終始厳しい筆致で彼女のウソを暴こうとしている。それを可能にしたのは、事件の被害者への同情と、彼女と関わったことで人生を狂わされた人々がいることへの怒りなのだと思う。

 ただ、ぼくはこの著者の本はほかに読んだことがないので大ざっぱな印象だが、作家としてはまっすぐすぎて、余裕がなく、ちょっと息苦しい本を書く人だなあ、と思った。その硬さは個性なんだと思うけど、著者は何かを隠すために硬い文章を書いているのではないかとなんとなく思うのだ。
 まあ、それは下司の勘ぐりってやつで、職業的物書きの仕事として、著者はこういうスタイルを取っている、というだけのことかもしれないけど。

 そんなことをふと思ったのは、著者の松田美智子が登場する本を読んだことがあるからだ。その本は『蘇える松田優作』という俳優の故・松田優作の半生を描いたノンフィクション。彼女は松田優作の最初の奥さんで、もともと松田優作と同じ劇団の女優をやっていた人なのだ。
 マスコミに登場する優作の妻というと女優の松田美由紀ということになっており、前妻のことはほとんど出てこないのが普通なのに、なぜか『蘇える松田優作』は松田美智子サイドへの取材に重点を置いた優作像が描きこまれてい
た。
 本の中に登場する松田美智子は、少々ステレオタイプに描かれているような気もするけれど、聡明でしっかりものの糟糠の妻である。だから、犯罪のノンフィクションを精力的に書いている松田美智子と同一人物とは思えなかった。その点を繋いだ線は『蘇える松田優作』の著者である大下英治で、彼女の文才を知った彼の薦めで取材原稿を書き始めたのがきっかけでノンフィクションライターになったのだという。

 つまり、著者の松田美智子の人生も相当に波瀾万丈で、その人生についてはあえて語らないまま、女性犯罪に的を絞ってルポを書き続けているのはなぜか、と疑問に感じたのである。歯切れのいいルポは師匠の大下ゆずりなんだとは思うけど、もう少し違うものが出てきそうな予感を感じさせるのである。

 さて、肝心の福田和子の魅力だが、水商売の巧拙に容姿というのは絶対のものではなく、むしろ、どっかぶっこわれてる性格のバランスの悪さの方が大事なんだと思った。平気でウソをつける根性の悪さと、男に尽くす細やかな気の使い方が同居する不可解さこそ、男たちを魅了した福田和子の武器ではないだろうか。

オンライン書店bk『福田和子はなぜ男を魅了するのか』

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