【アルカリ】0244号
99/06/9(水)

『少年Aこの子を生んで……』
(「少年A」の父母・文藝春秋 1400円+税)

 わが子はなぜ殺人を犯したか

 神戸の酒鬼薔薇事件の犯人「少年A」の両親による手記である。奥付を見ると、「著者 「少年A」の父母」とある。少年の顔写真はホームページで見たけど、その両親の顔は知らない。本を読むときにその著者の顔を知っていることの方が珍しいが、とりわけ、この本の著者の顔は見えない、と感じた。隠されていると言ってもいい。

 そして、その隠された顔を見たいから(想像したいから)、この本は売れる。その下世話な好奇心をメシの種にしているくせに、悲痛に絶えない面持ちで、もともらしく、両親の手記の前フリを書いている文藝春秋の人にはちょっとあきれたが、ま、読んでるやつに言われたくないだろうな。マスコミも読む奴も共犯だ。

 母親の、事件後の衝撃を綴った手記。父親の、事件前後の日記。そして、母親による少年の生い立ちの記。
 父親は、鹿児島の離島から集団就職してきた叩き上げの職人タイプのサラリーマン。無口で、学はないが、マジメで実直であることは間違いない。
 母親は、子育てに熱心な専業主婦。しつけに厳しく、善悪の区別をはっきりとさせる正義感の強いタイプ。教育ママではなく、子どもの個性を尊重したいと考えている。

 読んでいて、何か、特別なことが起こるような家庭とはとうてい思えない。事件後、両親は実際に少年に面会するまで、少年が犯人であるとは信じられなかったと書いているが、それも、むべなるかな、だ。
 一般に若年の犯罪者によく見られる、家庭の崩壊や、家庭内の暴力、生活力のない両親、というような問題らしい問題はうかがえない。この手記に書かれていない「真実」があるかどうかはこの際おいておくとしてだが。

 この本からうかがえる両親の姿は、晴天の霹靂にうろたえ、信じられないという戸惑いと、暴風のようなマスコミや警察、世間の追求に消耗しきった哀れな市民の姿でしかない。

 本書を読んで感じる率直な感想は、ある種の極端な運の悪さを持った、この両親への同情だ。しかし、突き放した言い方になるが、なぜ、気付かなかったのか? そして、そのなぜ気付かなかったのか、をこの人たちは一生をかけて理解しようと努めるのだろう。

 少年は、なんども、発作的な暴力や、万引きなどの問題行動を起こしている。同級生の間で猫殺しや、小学生イジメのウワサもあった。しかし、そのときどきの少年の高ぶった異常な興奮状態を、両親は「異常」とは認めたくなかった。そして、両親が、自分たちの無知に自覚的だったために、心療内科を訪ねるなどして専門家の意見を聞いている。しかし彼ら専門家たちも少年の異常を認めなかった。そのたびに、両親は安心した。当然だろう。自分の息子に精神の病気を認めたい親はいない。見てみないふりをしたと責めることはできるかもしれないが、もしも自分だったらと考えれば大方の人が自信を失うのではないか。

 もちろん、犯罪には被害者がおり、被害者の方が大事に決まっている。被害者と、被害者の遺族には、犯罪を犯した少年とその両親を責める権利があるだろう。しかし、世間が、この両親を責める権利はどこにもないような気がする。

 でも、ではなぜ、少年は殺人を犯したのか? しかし、本書を読んでも、そこに答えはない。少年Aの家族はこの問いを一生抱えて生きることになる。本書を一貫して貫いている感情は「分からない」ことの混乱と辛さである。

オンライン書店bk『少年Aこの子を生んで……』

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