【アルカリ】0240号
99/06/3(木)

『ほいほい旅団 香港芸能世界を行く』
(産業編集センター・1300円+税)

 愛情なき香港明星読本

 香港ネタのものはなるべくフォローするようにしている。とくに、芸能界ものは即ゲット。
 ご存じない方にはどうでもいいことでしょうが、香港の芸能界のスター(あっちの言葉で明星)はめっちゃ濃ゆい。

 まず、明星たちは妙に年齢層が高い。ワーキャー言われてる男性の明星はたいてい30代。レスリー・チャンに至ってはすでに40の大台ですと。ま、さすがに女優はそうでもないが、10代のアイドルが一世を風靡、というのはまずなくて、みんな、それなりに努力し、下積みを経て明星になるという、泣けるドラマを背負っている。

 また、その明星たちのファン(あっちふうに言えば「迷」。香港映画ファンは香港映画迷となる)へのサービス精神は旺盛だ。男性の場合、ほとんどホスト並、女優さんたちもお高くとまっていては商売に響くとばかり、愛想がいい。また、シリアスばかりでなく、徹底したアホ・バカを演じるのも明星の条件。日本では紹介されないようなコメディーで、たいていの明星は一度や二度バカ役をパワー全開で演じている。

 例えば『大英雄』。ウォン・カーウァイ映画の常連スターが、みんなでバカ競争をしているような映画である。すかしまくった『楽園の瑕』のB面ともいえる映画だが、香港ではA面の『楽園の瑕』を興業面で圧倒した。ちなみにバカ競争の結果は、ぼくが見た所、トニー・レオンの優勝だった。
 チョウ・ユンファのファンの方は『ゴッド・ギャンブラー』を参照のこと。映画の三分の二までは三才児なみの知能を演じている。

 日本の香港映画迷も、当然、超熱い。はっきり言って、あんまりお友だちになりたくないタイプの人がレイトショウに詰めかけていたりする。夜9時過ぎから『食神』(『ミスター味っ子』meetsチャイニーズ・ファースト・フードとでも言うべき怪作コメディ)を満席&大爆笑という環境で見たときは背筋が寒くなった。ここだけ、香港と化していた。観客のほとんどが日本人にも関わらず。

 ところが、本書『ほいほい旅団 香港芸能世界を行く』はサムーイ本である。「香港には十数回行っているが芸能界には興味がなくテレビも映画も見たことがなかった」としれっと書くライター諸氏が、きら星のごとき香港明星たちに突撃インタビュー。その結果は、「日本好きですか?」という質問を繰り返し、「好きだよ」と答えられて、おしまい(笑)。いや、ほんと、ちょっと大げさだけど、そんな感じなんスよ。

 いやー、参った。こういう本て実在するんだなア。

 しかも、最初は4人のライターの香港食い倒れをテーマにした本の予定だったのが、なーんかインパクトないよね、で企画変更したとのこと。読者バカにしてんのか、とマジにムカつきましたよ。

 傑作だったのは『つきせぬ想い』ほかで知られる若手俳優(つっても、もう三十すぎてるだろうが)ラウ・チンワンへのインタビュー。そのライターはチンワンが『色情男女』での演技が好きになった。スランプに陥って自殺する映画監督の役である。

 そこで、そのことをチンワンに聞く。

(ライター)『色情男女』での演技もすばらしかったですね。
(チンワン)え? 僕、あの映画には出てないよ
(ライター)そんな。自殺する監督役で出てたでしょう?
(チンワン)いや、出てないよ

 ライター氏はその場ではこの話題を引っ込めるが、のちにビデオで確認した
と文中で訴えている。

 ニヤリ。香港映画迷の端くれなら、笑ってしまう。

 というのは、香港での映画作りの場合、作品の題名はころころ変わるし、台本もころころかわる(ないときもある)。そのうえ、明星は忙しい。切れ切れに撮影されたものが、どの映画になり、どう評判を呼んでいるか、わからないこともあるのだ。とくに、『色情男女』でのチンワンの役柄は明らかに友情出演、特別出演の類だったので、チンワン自身が『色情男女』を見ていなければ、自分が出ていることに気付かない可能性もあるのだ。

 この本も、どうやら、登場する明星たちにとって「出てないよ」な本、という感じだな。そして、そういう本はすごく悲しい。好きじゃなければ、こういうテーマで本つくるの、やめればいいのに。ほんと。意あって力足らずは応援
したいが、まず、意がない本というのはゴミ以下だ。

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