【アルカリ】0234号
99/05/25(火)

『わたしが死んでもいい理由』
(美智子交合・太田出版・1000円+税)

 自殺願望と青酸カリ宅配事件

 「ドクター・キリコ事件」を覚えていますか? インターネットで青酸カリを買った杉並区在住の女性が自殺し、売った北海道在住の男が後追いで自殺した事件だ。ネット時代の新しい犯罪劇としてマス・コミを賑わせた事件である。

 しかし、どう考えても売った方も買った方も精神的な問題があるのは明白で、「ネット時代の犯罪」という見方は、この事件の半分しか見ていないのではないかと報道に疑問を感じた。

 毒を売って、顧客に死なれると「自殺幇助」という罪になるというのもピンと来ない。毒物を取り締まる法に触れるだけならわかるが、自殺幇助? 社会というか権力が無理矢理に人を生かそうとプレッシャーを掛けているような感じだ。違和感を感じる。

 『クィック・ジャパン』誌で、青酸カリを買った客の中で、ただ一人青酸カリの警察からの任意提出要請を断り続けている人がいるという。その練馬区主婦こと美智子交合が書いた本が本書である。

 どこまでがまともで、どこからが狂っているかも判然としない世の中である。学校に行けなかったり、仕事が出来なかったりしている人が大勢世間にはいるわけで、そのことを、ボーダーラインから遠く離れた「こちら側」の人間たちは、そのときの都合のによってそのラインを恣意的に決定している。社会のなかでのポジショニングが定まらない。したがって、彼らの行動を断罪できないというのが現状だろう。

 本書は、青酸カリをネットで売った「死の商人」草壁という青年がマスコミの報道で誤解されたことに抗議している。草壁の青酸カリ販売をそもそも提案したという美智子交合自身ががその真実を綴っている。同時に、彼女自身の自殺願望がどのようなもので、どのあたりに起因するかを書き起こしたものなのである。

 美智子交合は、死にたい死にたい離婚したい死にたい親と縁を切りたい死にたい誰とも口を利きたくない死にたいといった調子で、死に場所求めてウロウロと心中旅行をしてみたり、結局死にきれずに戻ってきて、ネットで「早よ死ね」と悪口雑言をぶつけられたりしている。
 そんな彼女に、草壁という人は淡々と自殺のために必要な薬品についての豊富な知識を語った。生きよとも死ねとも言わない。ただ、その死にたいという気持ちと生きたいという気持ちがせめぎあう自殺志願者の心に、静かに寄り添うだけである。

 そして、服用すれば確実に死ねるという青酸カリをお守りにすることによって、過敏すぎる神経を鎮めることが出来るのでは? というのが、草壁の経験
から得たアイディアだった。そして、その青酸カリ入り小瓶「EC」(エマージェンシー・カプセル)を手にすることで美智子交合自身もひどい鬱状態から小康を得る。

 美智子交合の提案で、青酸カリが配布されるようになる。しかし、それは販売という形ではなくて、草壁がメールを読んで審査した上で青酸カリの保管委託をする、という契約条項だったらしい。つまり、自殺した杉並区女性は契約違反だった、ということになる。

 草壁なる青年は死の商人ではなく、実は、死をしのぐためのカウンセリング的な役割を担っていた「ドクター・キリコ」だったというのが本書の主張だ。

 なるほど。ありそうな話だ。少なくとも、マスコミに流布されたストーリーよりは納得がいく。そして、美智子交合の文章の悲痛さ、狂うに狂えないしんどさみたいなものは、わずかながらだが、こちら側にその悲惨を伝えてくる。しかし、こういう人に一体どうしろって言えるのかなあという素朴な困惑も感じるのだが。

 死ね。というのは簡単だが、死ぬ死ぬと言って死ねない状態というのは、死ぬと言って死んだ人よりも辛いだろう。その辛さを「甘えてる」「病気だ」云々言うのは簡単だが、やはり、当人しか分からない辛さがあるのだろう。
 だからって、何が出来るか。何もできないよなあ。と思考はスタート地点に戻ってしまう。


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