『北朝鮮不良日記』
(白栄吉著 李英和訳・文春文庫・514円+税)
北朝鮮の裏社会とは?
訳者の李英和の単独インタビューによる北朝鮮のヤクザ者の聞き書き本。日本で先に出版され、のちに韓国でもベストセラーにもなったのだという。
朝鮮の裏側を赤裸々に描いた本だ。ここに描かれていることがどの程度事実かについてはなんともいえないが、衝撃的な内容であることは間違いない。
白栄吉は1970年生まれ。北朝鮮でヤクザの親分をやっていたと告白しているのだから驚く。
父はエンジニアとして北朝鮮のインフラ作りに身を捧げた「愛国烈士」なる称号を持つ階級的エリート。食べることに不自由したことなどない。しかし、父親が過失事故の責任を問われ、その責任は回避できたものの病気であっけなく死ぬと、周囲の態度は一変する。それまで、エリートの息子としてちやほやされていた彼は、一転して「フツーの人」になってしまう。プライドの高い少年は、父を失ったことの悲しみと、周囲の人間たちへの不信感から、ヤクザ渡世に生きることを決意するのである。
まずは家出だ。
土地土地のヤクザ者と関わりながら、スリ・カッパライの類の違法行為を繰り返しつつ、北朝鮮を旅すること1年。最終的には公安に捕まって故郷へ送り返されるが、犯罪に関わっていたことはガンとして吐かず、強制収容所行きは免れる。亡くなった父の地位が、「革命烈士」に特進していたことも大きい。
少年は復学し、以後、優等生としての表の顔と、暗黒街を闊歩する裏の顔を手に入れる。そして、表向きは軍の特殊部隊の訓練を受けたり、労働党の青年党員として模範的な活動を続けながら、公務員の贈賄の現場を目撃し、自分もたっぷりと甘い汁を吸い、その一方で裏社会での権力を拡大していくのである。
北朝鮮という国が、とっくの昔に経済的な破綻を迎えてもおかしくないほど逼迫していながら、いまだに国としての体裁を保てているのは何故か。本書によれば、表の社会である労働党は無為無策で構造的な腐敗を抱えているが、裏の社会であるヤクザ組織が実質経済の流通を担うことで支えているからだそうだ。
まさに、ホンネとタテマエ。労働党の一元管理ではなく、労働党とヤクザ社会の二元管理体制というわけだ。そのどちらにも厳しい階級制度はあるが、一
方は生まれつきのクラス(階級)。もう一方は、頭を使う余裕のある連中の実力競争社会である。
しかし、まア、ヤクザもん(しかも政治状況を考えると、かなり怪しい存在)の言うことである。マユに唾をたっぷり付けて読むに越したことはない。しかし、読み方の位相をほんの少しだけずらせば、そこにはぼくの大好きな梶原一騎的イイ顔のオヤジ予備群たちの純情な青春が見えてくるのである。
残念ながら、本書にはエロ話の類はほとんど登場しないが、なかでも好きなエピソードは、労働党の指導員に成り上がった著者が、売春をしている女性職員を査問する場面である。
売春が発覚した同務(同志、の意)は、北朝鮮のド田舎から出てきた女の子で、指導員である著者を前に、自分が育った田舎がどんなに何もないかをひとしきり語る。
「それで同務はどうやって売春を覚えた? 誰かに入れ知恵されたのかな?」
「そんな、私の村ではみんなやってたから……」
どんな村だ、とツッコミを入れたくなる。
このほか、女愚連隊のリーダーとねんごろになるなど、昔の新東宝映画のようなエピソードも登場する。とにかく、北朝鮮には数多くの興味深い物語が埋没していそうだ。本書は、その片鱗をかいまみせてくれてた予告編ということになるだろうか。
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