【アルカリ】0224号
99/05/10(月)

『クリムゾンの迷宮』
(貴志祐介・角川ホラー文庫・640円+税)

 ノンストップのゲーム小説

 いま、ぼくが新作をもっとも期待している作家の一人が、この貴志祐介だ。デビュー作『ISOLAー13番目の人格』(角川ホラー文庫)、日本ホラー大賞受賞作にして、和歌山カレー事件を予言した(?)傑作『黒い家』(角川書店)、そして、ウィルスものの小説の中でもその着想と見事な結末で類書を大きく引き離した『天使の囀り』(角川書店)と、一作一作精進を重ねて完成度を高めている作家である。その注目作家の新作が登場した。

 もっとも、その新作登場に気付いたのは【アルカリ】読者のFさんからの指摘で、それまでついぞ本書の存在に気付かなかった。それというのも、本書が角川ホラー文庫書き下ろしという変速スタイルで発売されたせいだ。処女作の『ISOLAー13番目の人格』も同様の発売のされ方になっているが、あちらは日本ホラー大賞の落選作。その後、大賞を受賞して、受賞後第一作も順調にベストセラーになり、売れっ子作家になっている著者に対する扱いとしては少々納得がいかない。もしかしたら、アマチュア時代の習作を改稿したものかもしれない。

 それというのも、本書の出来が期待ほどではなかったからだ。本書の情報を寄せてくれたFさんはぼくと反対の意見で『クリムゾンの迷宮』は優れた小説だと言っていたが、ぼくはその意見には承伏しかねる。

 しかし、つまらない小説ではない。おそらく、本書を手にすれば1ページ目からすぐに物語に引き込まれ、気が付くと寝る間を惜しんで物語の最後まで読みふけっている自分に気が付くだろう。貴志祐介のストーリーテリングの巧妙さはこの小説でもいかんなく発揮されている。

 バブル期に証券会社のエリートサラリーマンだった藤木は、バブル弾けて証券会社をリストラされた中年男。妻にも去られ、ホームレスとしてさまよっていたこともある。その藤木が眠りからさめると、そこは見たこともない奇怪な風景の土地だった。混乱する記憶を辿ると、どうやら、あるアルバイトをするために集合する途中で意識を失ったらしい。そして、彼の手に残されたリュックの中には限られた食料と水、そして小さなゲーム機が一台だけ。そのゲーム機は彼がこの土地で生き残れるかどうかのゲームが始まったことを告げる。男女9人の、生き残りを掛けたゲームが始まる。

 このところ、ゲームを素材とした小説や映画づいている。映画では『CUBE』、小説では『バトル・ロワイヤル』がある。どれも、極限状態の人間の心理にスポットを当てるためにゲームという設定を使っている。『クリムゾンの迷宮』では、もう少し視点をずらして、ゲームブックという、知っている人は知っている懐かしいゲーム本の構造をモティーフに、ゲームの論理と、その論理をどうくぐり抜けるかに主眼をおいたようだ。

 しかし、小説としてイマイチなのは、この構造作りへのこだわりに比べると、登場人物たちの描き方がどうも類型的で個性に乏しいから。人間たちがゲームのコマであるという以上の存在感を発揮していないのである。

 例えば、主人公の藤木はバブル崩壊後のリストラ社員だが、その彼が生き抜くための原則としているものがなんなのだろうか? 新宿でのホームレス生活が、彼の人生哲学になにがしかを与えているとしても、あまりに紋切り型にすぎない設定だ。ヒロインとの心の交流も型どおりすぎて、盛り上がらない。唯一、好奇心を刺激するのはヒロインの過去に関する件だが、中途半端なまま放り出されてしまったという感じだ。

 正直なところ、この小説があの『天使の囀り』を書いた作家と同一人物とは思えない。『ISOLA』の次の作品がこの小説だというのなら、まだ納得できるのだが。
 また、本書の設定は、宮部みゆきの『レベル7』、島田荘司の『眩暈』を彷彿とさせる。しかし、その二作品と比べると、重厚さで劣る。大ウソを突き通すことの難しさをあらためて考えさせられた小説だ。

 ちょっと酷評に過ぎるかもしれない。ようするに期待が高すぎたのかもしれない。


オンライン書店bk『クリムゾンの迷宮』

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