【アルカリ】0207号
99/04/10(土)

『魔術師の物語 THE MAGICIAN'S TALE』
(デビッド・ハント 高野裕美子訳・新潮文庫・895円+税)

 写真論も盛り込まれた異色ミステリー

 海外ミステリーには疎いので、本書を読むことになったのは知人の推薦による。それも、ミステリーとして面白いからという理由ではなくて、主人公が色盲の写真家であるからだ。

 サンフランシスコ。女性写真家ケイは、男娼(ハスラー)を主題に作品を撮りためている。そのハスラーたちのなかでもひときわ美しく、ケイも好んでよく撮影していたティムがバラバラ死体で発見された。ティムの死の真相を追うケイの前に、警官だった父が警察を辞める原因となった15年前の事件の謎が立ちふさがる。15年ぶりのシリアルキラーの復活なのか、それとも、単なる変態の男娼殺しなのか。しかも、ティムには、ケイにその存在を隠していた双子の姉がいた。物語は、一つの殺人事件から、15年前の事件へ、被害者の過去へと時間を遡りつつ、同時にサンフランシスコの「ホット」な夜の歓楽街から有力者の住む郊外の高級住宅地へと舞台を移す。

 海外小説に食指が動かないのは、そこに描かれた世界をよく知らないせいだ。アメリカのどこかの街で起こった殺人事件よりも、新宿歌舞伎町の事件の方が親しみやすい。それで、ついつい後回しにしてしまう。

 『魔術師の物語』は読みやすく、テンポもいい。物語のスジ運びも巧みだし、舞台となるサンフランシスコについての描写も懇切丁寧である。一度もその街を訪れたことがない読者にもわかりやすい。また、猟奇的な殺人事件の真相を解いていくという直線に、時間軸と空間軸を幅広く取って興味深いエピソードをつなげていくテクニックが冴え、650ページの長編も読み飽きなかった。

 主人公のケイは、生まれつき色覚に障害がある。それも赤と緑の区別が付かないというようないわゆる色盲ではなく、色覚そのものが失われてしまっているという特殊な状態だ。しかし、彼女は自分の目が捉えるモノトーンの世界をモノクロームの写真に表現しようと考え、実際にモノクロ専門の写真家として実績を積み重ねている。

 著者は写真についても造詣が深いらしく、彼女と彼女の師マディ・ヤマダとのやりとり(「あなたはスタジオを出て自分のモティーフを探すべきよ!」)などは、リセット・モデルとダイアン・アーバスを彷彿とさせるし、ケイの一人称で語られる作中には、ケイの写真論というべき文章が織り込まれている。

 また、殺されたティムとその双子の姉アモレットの数奇な幼年時代と、それをケイに語って聞かせるプロのマジシャン、デビッド・ドゥ・ジョフロワの特異な個性も魅力的だ。野心家で、レズビアンでもある女刑事ヒリー、警官をやめてパン屋をはじめたケイの父など、脇役も印象的だ。
 ミステリーで難しいのは、謎めいた展開で読者の想像力を刺激しておきながら、最後には謎解きがされ、読者のイメージの行き場がなくなってしまうことだが、この小説では登場人物たちが個性的であるがゆえに、その虚しさを救っている。

 さて、著者のデビッド・ハントだが、本書が第1作となる匿名作家だという。手慣れた筆さばきで、すでに別のジャンルで活躍している作家なのではないかと勘ぐりたくなる。また、小説の視点がケイという女性であることから考えると、ペンネームはカモフラージュで女性作家なのかもしれない。また、本書を読んでいて真っ先に思い出したのは比留間久夫の傑作『100%ピュア』(幻舎
文庫)。こちらの作者はゲイかレズなのかもしれないと空想したりもした。
 作者のプロフィールが不明なのも、ミステリー作家としては一種の読者サービスかも知れない。そう思わせるほど、よくできた小説である。


オンライン書店bk『魔術師の物語』

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